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社員戦隊ホウセキ V/第44話;何が最適解だったのか?

前回


     五月二日の日曜日、光里は出現した念力ゾウオとの戦闘より、日本実業団陸上大会の女子100 m走の決勝への出場を優先した。
 結果、ホウセキ Vは念力ゾウオを撃破できず、和都は光里の選択を責め、そんな和都に伊禰が怒り…。この言い争いは時雨によって鎮圧されたが、場の雰囲気は澱んでしまった。



「喧嘩は治まったかしら? そんなトコで突っ立ってないで、帰るわよ」

 時雨によって小競り合いが鎮圧された後、この場に副社長の社林千秋が姿を見せた。
 喧嘩を千秋に見られたのかと思い、落ち込み気味だった和都と伊禰は更に気まずそうな顔になった。十縷も似たような感じだ。光里は依然として沈んだままで、時雨は全く表情を変えない。
 そんな五人の顔を見比べながら、千秋は訊ねた。

「この先のパーキングメーターに駐めてあるサイドカーって、エロ助のヤツ?」

 最初この問に反応する者はいなかったが、数秒後に伊禰は堪らず吹き出しながら「そうです」と返した。

(ちょっと待って。エロ助って、僕のこと? 酷いあだ名だ……!)

 伊禰の反応で十縷はエロ助が自分のことだと気付き、少し不服に思った。しかし、そんな彼の心情には頓着せず、千秋は話を続ける。

「それなら良かったわ。私の車じゃ、全員は乗れないからね。北野君とお姐ちゃんとメガネ君は、私の車に乗って。で、エロ助と光里はサイドカーで宜しく。行き先は勿論、寿得神社だからね」

 千秋は独断で人を車に割り振った。一同は先の喧嘩で疲れていたこともあり、千秋に言われるままに従った。


    かくして五人は副社長に続いてパーキングメーターに向かい、時雨と伊禰と和都の三人は千秋の車に、十縷と光里はサイドカーにそれぞれ乗った。
 そして千秋の車が前で十縷のサイドカーが後ろという形で、寿得神社への道を走った。

(待望の光里ちゃんとのドライブ……なんだけど……)

 思わぬ形で、サイドカーの側車に光里が乗った。これは十縷が期待していた光景に他ならないが、全く喜べない。
 先刻、和都に一喝された影響で光里は暗い。俯いたまま、一言も話さない。隣から暗い雰囲気が伝わって来て、十縷も落ち込みそうだ。この状況を打破したいと、十縷は運転しながら思っていた。

「そう言えば副社長、僕のことエロ助とか言ったけど……。何で僕がエロいってバレてるの? って言うか、あのあだ名、酷くない?」

 赤信号に引っ掛かって車が止まった時、ふと十縷は光里に話し掛けた。この雰囲気を変える為なので、話題は何でも良かった。
 しかし話し掛けても光里の表情は変わらず、申し訳程度の返答をしただけだった。

「副社長とデザイン制作部の部長さんは夫婦だから、家でジュール君の話は聞いてるんじゃない? あと、副社長は労務系の仕事もされてるから、お姐さんからもジュール君の話を聞いてる可能性もあるね」

 俯いたまま、淡々と光里は返した。それを聞いて、十縷は頷く。

「部長と副社長、夫婦だったんだ。二人とも社林なんて珍しい名字だから気になってたけど、やっぱ夫婦だったんだ」

 十縷の応答は少々わざとらしかった。この流れで十縷は、「副社長は社長の妹で、旧姓は新杜」ということも光里に言わせたが、依然として光里の雰囲気は変わらなかった。

(どうしよう? このネタじゃ、盛り上がらないよね。もっと楽しい気分になって、思わず笑っちゃうような話は……)

 十縷はこの雰囲気を変える話題を必死に模索したが、名案は浮かばない。悩みながら長い赤信号を待っていると、更に困った事態が起きた。
 なんと光里が嗚咽を始めたのだ。

(え? 泣いちゃうの? 僕、なんかマズった!?)

 その声に十縷が驚くと、次の瞬間には嗚咽が号泣に変わった。一帯に響き渡る程の大声で、光里は泣き出したのだ。
 その声に、横断歩道を渡っていた歩行者たちも思わずこちらを振り返る。その視線は、十縷にとって耐え難いものだった。

(どうする? どうすればいい? ちょっと、これは……)

 十縷はすぐにブレスで伊禰に連絡をした。光里が泣き出したので、落ち着かせるために暫し別行動をとるとの旨を。狼狽えた割に十縷の決断は早く、伝達する相手に伊禰を選んだ点も、かなり的確だった。
 そして通信を終えたタイミングで都合よく信号が変わり、千秋の車は直進して十縷のサイドカーは左折した。


    千秋の車の中では、伊禰が十縷から受けた連絡を一同に伝えた。
    ところで、こちらの車内もそれまでずっと沈黙に包まれていて、これが車内で発された初めての言葉になった。そして、この報告は信号待ちの車内の雰囲気を更に重くした。

「光里、やっぱり泣いたか……。エロ助には重荷かもしれないけど、ここは任せちゃうか。あの二人、割と相性が良い気がするのよね……」

 信号が青に変わった時、千秋はそう呟いた。彼女の真後ろに座っていた伊禰は、「エロ助」と聞いてまた堪らず吹き出した。その反応に、千秋の表情は少し緩んだ。

「お姐ちゃんは簡単に笑ってくれるから、扱い易いわ。メガネ君と北野君も、辛気臭い顔してないで、ちょっとは笑いなさい」

 千秋がそう言った時、助手席の和都と伊禰の左隣の時雨は笑っていなかった。そして、千秋の言葉を受けても表情は変わらない。
 しかし、現状では致し方ない。千秋は軽く溜息を吐いた。

「まあでも、辛気臭くした責任は私にもあるから、偉そうなことは言えないわね。こうなるんだったら、光里には自分で選ばせずに、 “  今すぐ出撃しろ ”  って言っとくべきだったわ。そういう選択ミスの責任を負うのが、長の仕事だからね……」

 運転しながら、千秋は少し弱い声でそう言った。下唇を噛むような表情からも、後悔が窺える。和都は横から直接、伊禰と時雨はルームミラーでそれぞれその表情を確認した。
 そして、千秋は続ける。

「光里、一月に出撃で大会ブッチしたでしょう。そのこと、気にしててね。ファンの方を騙したとか、友達を裏切ったとかって……。だから、あの子が後悔しないようにと思って、自分で選ばせたけど……。だけど、どっちを選んでも後悔したでしょうからね。だから、その後悔は私が負うべきだった。本当に大失敗。メガネ君が光里に言ったこと、私への言葉だと思ってしっかり反省しとくわ」

 千秋はいつからあの場に居たのか、和都が光里を叱責する様子を見ていたらしい。上の者に謝られると気が重い。和都は勿論、伊禰と時雨も自ずと俯き加減になった。


    危機一髪のところを逃走した念力ゾウオは、ゲジョーに連れられてニクシムの本拠地たる小惑星に帰還していた。しかしホウセキャノンを受けた衝撃は大きく、足取りは覚束なくなっている。それは、ニクシム神の祭壇のある部屋に着いた時も変わらなかった。

「小娘に助けられるとは、扇風ゾウオと同じだな。念力ゾウオ」

 部屋に入った念力ゾウオを真っ先に出迎えたのは、スケイリーの煽り文句だった。その態度はすぐマダムに叱責されたが、当のスケイリーは堪えない。
 そして念力ゾウオもまた、怒りを隠せなかった。

「口を慎みなさい、馬鹿巻貝。図に乗っていると、痛い目に遭うわよ」

 念力ゾウオはそう呟くと、右肩の烏の目を発光させた。すると次の瞬間、スケイリーの足元で軽い落盤が起きた。スケイリーは右足で岩肌を踏み抜く形になり、体勢を崩して倒れてしまった。
 その様を念力ゾウオは嘲笑い、スケイリーは怒りを滲ませる。

「てめぇ……。売られた喧嘩は買うぞ!」

 スケイリーは立ち上がると、杖を骨貝の武装を付けた状態で取り出した。ここで争われては困ると、すかさずマダムが彼の前に立ちはだかり、杖を持った手を下ろさせた。
 スケイリーはしぶしぶ従い、念力ゾウオはその様を笑った。

「私はこの程度ではない。次は必ず、独力で地球のシャイン戦隊を皆殺しにしてみせるわ。ウラームも必要ない。契約させられた巨大カエルも!    よく見てなさい」

 敗走した身だが、念力ゾウオは非常に強気だった。そしてその強気は、変な方向へと突き進む。念力ゾウオはふと踵を返し、まだセーラー服姿のゲジョーと向き合う形になるや、いきなり右肩の烏の目を発光させた。
 そのことにゲジョーが驚くよりも先に、発動した念力は岩壁の高い位置に掲げられた松明に作用した。松明は固定具が外れて、そのまま真下に落下する。ゲジョーの居る真下へと。

「何の真似だ、念力ゾウオ!?」

 松明は床に落ちるまでにゲジョーの背を掠め、その炎を服に移した。ゲジョーのセーラー服の上で炎はフラッシュ現象を起こし、一瞬で燃え広がりながら服を焼失させた。かくして服を燃やされ、青いブラジャーとパンツしか纏っていない姿になってしまったゲジョーは、疑問と怒りで念力ゾウオを睨む。

「念力ゾウオ! さっきから仲間に何をしておるか!?」

 マダムも怒りを露わに叫ぶが、念力ゾウオは全く動じない。ゲジョーに睨みを利かせたまま、憎々し気に言った。

「さっきは頼んでもいないのに、よくも勝手にウラームを召還したわね」

 やはり念力ゾウオは、独力での勝利に拘っていた。しかし、そうは言っても先は危険なところまで追い込まれていた。その事実がゲジョーに反論させる。

「ああしなければ、お前は殺されていただろう」

 しかし、この正当な反論は念力ゾウオを怒らせるだけだった。

「黙れ! お前に救われる程、私は落ちぶれていない! 余計な手出しはするな!」

 念力ゾウオはそう叫ぶや、高速でゲジョーに突撃した。そして擦れ違い様、鳥の足に似た右手の爪をゲジョーに対して振るった。爪はゲジョーの青いブラジャーを捉え、右のカップを切り裂いた。ゲジョーの右の乳が零れてしまう。ゲジョーは慌てて両掌をお椀のようにしてこの乳を隠す。
 そんなゲジョーに、念力ゾウオは「次は体を斬るわよ」と囁いた。

「何をしておるか、念力ゾウオ! いい加減にせい!!」

 念力ゾウオの行為にマダムは怒り、右掌に紫の炎を宿して念力ゾウオに向ける。すると、これまで静かだったザイガが横からマダムの手を下げさせた。

「いえ、許容しましょう。あれは怒りや苛立ちの表れ。奴を強くします」

 ザイガは音の羅列のような喋り方で、鈴のような音を鳴らしていた。確かに、ゾウオは憎心力でニクシム神の力を引き出して戦い、その憎心力は怒りや憎しみを源に生じる。だから彼の言うように、ゾウオは怒っている方がより強い力を手にすることができるのだ。
 とは言え、仲間に手を上げるのは如何なものか? マダムは視線でザイガに言い返した。そんなやり取りをしている間に、念力ゾウオはこの場を後にしていた。

「ゲジョーよ。其方のしたことに誤りは無い。念力ゾウオには、妾から言い聞かせておく。だから其方は安心して、自分の任務に当たれ」

 念力ゾウオが去った後、マダムはゲジョーに歩み寄り、いつの間にか持っていた白い大きな布をゲジョーの肩に掛けた。ゲジョーはこれを体に巻き、露出した肌を隠す。
 マダムに寄り添われると、ゲジョーの表情は幾分か和らいだ。

「さて、念力ゾウオ。随分と高飛車に振る舞ったが、次は見物だな」

 そしてスケイリーは、憎たらしく呟いていた。


次回へ続く!

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