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社員戦隊ホウセキ V/第90話;憎しみは晴れない

前回



 ニクシムが燐光ゾウオを地球に送り込んだ日から、約九か月が経過した。あの日も含めてニクシムは今日まで通算で、ゾウオを七体、巨獣を三体、憎悪獣を四体、そしてウラームを多数、地球へと派兵した。

 そのうち今も生きているのは、スケイリーのみ。他は全て戦死した。お蔭でゾウオはスケイリー以外には居なくなってしまったのだが、ニクシムに落ち込んだ雰囲気は全く無かった。

「ニクシム神がこれまでになく、強くなっている。剛腕ゾウオと剛腕カムゾン。奴らは本当に良い仕事をした」

 ザイガが呟きながら鈴のような音を鳴らす。彼が見据えるニクシム神は、猛烈な勢いで鉄紺色をした粘り気のある光を発していた。岩盤の上で多数のウラームが誕生している様が、容易に想像できる。これは多くの地球人の恐怖や苦しみがニクシム神まで届いた結果だ。その成果に満足げなザイガの周囲には、マダム・モンスター、スケイリー、そしてゲジョーが居る。

「これは散っていった仲間たちの奮闘の証。彼らに感謝し、そして彼らを悼むことを忘れるでないぞ」

 ニクシム神の放つ光を見ながらマダムも感傷に浸るが、思うことはザイガと少し違う。そして、ザイガはその言葉には何の反応も示さない。

「これだけの力があれば、黒のイマージュエルを地球に送ることも可能だな。となれば、ついに私が直々に地球へと行くことができる…」

 ザイガはこのことにしか関心が無かった。彼にはジュエランドから持って来た自分のイマージュエルがあるので、ニクシム神の力に依らなくても戦える。
     しかし、この石は地球まで力を送れるほど強くはないので、地球で戦うにはこの石を地球まで運ぶ必要があり、先日まで彼らにその手段は無かった。
    だが、ここに来てついに彼らはその手段を得た。ニクシム神が更なる力を得たからだ。

「マダム・モンスターよ。私を地球に行かせて欲しい。一つ、実施したい作戦がある。その上で、スケイリーとゲジョーの手も借りたい。良いだろうか?」

 ザイガは鈴のような音を立てたまま、マダムに訊ねた。対するマダムは少し怪訝そうな顔をしている。

「止めても其方は行くのであろう。まあ、止める理由は無いがな。行くが良い、ザイガよ」

 いつものような威勢はなく、静かな口調でマダムは言った。ザイガは頭を下げる。

「恩に切る。マダム・モンスター」

 彼はそう言うと踵を返し、同じ部屋に居たスケイリーとゲジョーの近くに赴く。
    ゲジョーは咄嗟に頭を下げたが、対照的にスケイリーは下顎を前に突き出す。

「どうした、スケイリー? 暴れられるのだぞ。もっと喜べ」

 ザイガは態度の悪いスケイリーを叱責せず、鈴のような音を鳴らし続けている。対するスケイリーは舌打ちすらするが、ザイガはこれも意に留めない。

「お主らしいな。だが頼むぞ。お主の強さは確かだからな」

 ザイガはそう言って、何か小さなものをスケイリーに手渡した。それは金のネクタイピンのような装具で、アメジストのような紫の宝石を備えていた。
    ザイガの掌からひったくるような荒い手つきで、スケイリーはそれを受け取った。こんな調子で悪態を連発するスケイリーだが、今日のザイガは寛大で全く指摘しなかった。
    そして次は、ゲジョーの方に目を向ける。

「ゲジョーよ。諜報員としてのお主のこれまでの働き、高評価に値する。今回は厳しい任を課すが、其方ならこなせると確信している。宜しく頼むぞ」

 誉められる形になったゲジョーは、自ずと更に頭が低くなる。そんなゲジョーの肩を軽く叩き、ザイガはこの部屋を後にした。


 ザイガが向かったのは、地下空洞の他の部屋。この部屋は面積こそ余りないが、高さはあった。見上げても天井が解らない程度に。
    そんなこの部屋には、大きな石が置いてある。その石はガラスのように透き通った黒色で、まるで黒耀石のようだ。形状は正方形の直方体と、随分と規則正しい。そして非常に大きく、高さはザイガの七、八倍はある。

    この巨大な黒い石を見上げて、ザイガは鈴のような音を更に大きくした。

(この時が来たぞ、黒のイマージュエルよ。お主を連れて、地球へと行ける。これでようやく、我が復讐は完遂する…)

 この石こそ、ザイガがジュエランドから持ち込んだ黒のイマージュエルだ。相棒とも呼べるこの石に、ザイガは邪悪な思いを馳せる。

 ザイガが物思いに耽るその場に、ふと別の者が姿を見せた。

「憎しみとは、なかなか晴れんものだな。仇を討っても、その憎い記憶は消えん。そして、胸の中で燃える憎しみの炎も…」

 マダムだ。叙情的なことを呟きながら部屋に入ってきた彼女は、ザイガの隣まで歩み寄った。
     先は彼女と話を合わせなかったザイガだが、今回は違った。

「全くその通りだ。あの愚兄、最悪の王、マ・スラオンを討ち、それで復讐は果たされた筈だが…。それでも、まだ足りん。しかし、どうすれば治まるのかも解らん。あ奴が逃がしたマ・カ・リヨモを殺せば良いのだろうか?」

 ザイガにしては珍しく、自身の胸中をマダムに語った。
    聞き手のマダムは目を閉じ、深く息を吐く。

わらわにも解らん。妾も憎しみが晴れんが、それが其方と全く同じなのかも解らん。しかし、一つだけ思っていることはある」

 そう言って、マダムは真っ直ぐにザイガの方を見た。ザイガも真っ直ぐにマダムを見る。

「その憎しみで救える者が居るなら、必ず救え。地球でも、其方が憎んだ者と似たような者たちが、多くの者を苦しめておる。悪を打倒し、虐げられた者たちを救うのじゃ」

 いつものような金切り声ではなく、落ち着いた低い声でマダムは言った。この考えにザイガが何処まで賛同しているのかは不明だが、彼は取り敢えず頭を下げた。

「お主も変わらんな。初めて会った時と、同じことを言われるとは…」
 そう言ったザイガの脳裏には、ある記憶が思い起こされていた。彼とマダム・モンスターが初めて会った時の記憶が。

 その頃まだ、ザイガはジュエランド王家の一員として、公安職の長を務めていた。そして、彼の兄であるマ・スラオンは王としてジュエランドを統べていた。

    ある日、スラオンが『重大な知らせがある』と言って、ザイガを呼び出した。

「伝説のダークネストーンの封印が解かれた。解いたのは、スカルプタの貴族、マダム・モンスターという者だ。そ奴はダークネストーンの力を使い、自身の生まれ星であるスカルプタを襲撃し、貴族たちを皆殺しにした。そ奴が何を企んでいるのかは解らんが、非常に危険であることは確かだ。いつ、このジュエランドが襲われるか知れたものではない」

 重大な知らせとは、このような内容だった。

     ジュエランドとスカルプタは交流があり、これは外交官のような立場の者から入った情報らしい。

     ザイガに話している間、スラオンはずっと緊迫を示す耳鳴りのような音を立てていた。

「という訳でザイガよ。其方には、そ奴を討ちに行くことを命じたい。シャイン戦隊も同行させる」

 話の展開はほぼ予想通りだったが、ザイガはすぐに従わなかった。

「私とシャイン戦隊を共に? どちらも国を離れるのは危険では? その間に国が狙われたら、どうなさるおつもりですか?」

 ザイガはジュエランドの公安の長で、シャイン戦隊は王家を守る近衛兵の長。その両方が不在になるということは、その間のジュエランドの守りは手薄になる、という程度では済まない程の事態だ。
     この点はスラオンも一応、考慮していた。

「其方の申す通りかもしれん。しかし、相手はスカルプタを滅ぼした程の強敵。其方とシャイン戦隊くらいでなければ、勝てぬと判断した。やむを得ぬ話だ」

 その間の国防は疎かになるが、そこまでしないと勝てないと考えての決断だと、スラオンは語った。取り敢えずザイガは頷いたが、決して納得した訳ではない。

(我が兄ながら、こ奴は愚かだ。そのマダム・モンスターがジュエランドを襲うと確定した訳でもあるまいに、そこまでの力を投入するとは…)

 スラオンと別れた後、ザイガは心の中で王である兄の愚策に呆れていた。そしてその呆れから、こんな考えが生じた。

(つまりだ…。私とシャイン戦隊が居なくなれば、この国は楽に落とせる。これは、またとない機会だな)

 かくしてザイガの腹の内も知らず、スラオンは彼をシャイン戦隊と共にマダム・モンスターの討伐へと送り出したのだった。
―――――――――――――――――――――――――
 数日後、ザイガはシャイン戦隊と共にマダム・モンスターの討伐へと発った。目指すは、ニクシムという名の小惑星。相手はここに潜伏しており、伝説のダークネストーンもここにあるとの話だ。

 小惑星への足には、黒のイマージュエルが用いられた。ザイガとシャイン戦隊はこれに乗り、五色と言うか四色のイマージュエルはジュエランドに置いていくことになった。と言うのも、
「宝世機に変形できるのは、黒のイマージュエルだけだ。ならば、他のイマージュエルは持っていく必要が無い。万が一、破壊されたら取り返しがつかない」
 ザイガがそう言ったからだ。
    しかし、彼の発案には裏があった。

(遠く離れた星では、イマージュエルの力も届きにくい。さすれば、シャイン戦隊は充分に力を出せん)

 まさか自分たちの戦力を削る為にザイガが発案したとは露程にも思わず、当時のシャイン戦隊はザイガに従った。

(遠い星ではイマージュエルの力が届きにくくなるかもしれんと、指摘する者が一人くらいは居るかと思ったが…。所詮はイマージュエルを宝世機に変えることもできん程度の連中だな。頭が悪い)

 小惑星ニクシムへ向かう途中、黒のイマージュエルを操りながらザイガはシャイン戦隊を、心の中で嘲笑っていた。
 ザイガは、この当時から感情の音をある程度は封じることができた。このこともあって、当時のシャイン戦隊はザイガの企みに気付けなかった。
    それぞれ異なる色の宝石を備えた腕輪を装着した、大理石のような肌と金の髪を持つ四人の青年たちは、ザイガのイマージュエルの中に入り、その身を完全に委ねていた。既に自分たちは陥れられているとも知らずに。

   

次回へ続く!

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