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社員戦隊ホウセキ V/第91話;奇人との邂逅

前回


 地球人から充分に苦痛や恐怖を集めることはできた。ニクシム神は更に強化し、地球に黒のイマージュエルを送れるだけの力を得た。

 小惑星の地下空洞の一角、黒のイマージュエルを静置した部屋にて、出撃を控えたザイガはマダムと語らった。

(この奇人から得られる落ち着きは何なんだ? この者と居ると、気が狂わずに済む…)

 マダムと語らうザイガの脳裏には、初めてマダムと出会った時の記憶が呼び覚まされていた。

 伝説のダークネストーンの封印を解いたマダム・モンスターを討てと、当時のジュエランド王だったマ・スラオンは命を出した。弟のマ・ツ・ザイガと、先代のシャイン戦隊に。
 命を受けた五人は、ザイガが交信する黒のイマージュエルを足に、マダム・モンスターが伝説のイマージュエルと共に潜伏する小惑星・ニクシムを目指した。

 宇宙空間を突き進むこと数時間、やがて黒のイマージュエルは小惑星・ニクシムが見える距離まで近づいた。

「あそこに伝説のダークネストーンがあるのか? なんと禍々しい…」

 小惑星を見て、当時の青の戦士が耳鳴りのような音を立てながら言った。
    彼の指す先にある小惑星では、ある一点から青黒い光が霞のようなモヤモヤと沸き立っていた。その光の下にダークネストーンがあることは、想像に難くない。

「皆の者、気を引き締めろ。降りるぞ」

 ザイガはそれらしい号令を掛け、いざ黒のイマージュエルを小惑星に着陸させた。降りた場所は、青黒い光が沸き立つ地点の近くだ。黒のイマージュエルは木漏れ日のような光を発し、ザイガとシャイン戦隊を降ろす。五人のジュエランド人は琥珀のような目で、禍々しい青黒い光をじっと見据える。
 その視線に籠った殺気を察知でもしたのだろうか? 青黒い光は変化した。

「何っ? 光が化け物に…」

 その変化に全員が驚き、鉄を叩くような音を一斉に上げた。青黒い光は一帯に拡散したかと思うと、やがて複数の人型の形を得た。褐色をした石のような表皮にHgやCrとも見える白い模様が描かれた、甲殻類に似た顔を持つ人型の異形に。
   これが初めてだった。ザイガがニクシム神の光からウラームが生まれる様を見たのは。

「シーアァァァァッ!!」

 二桁は生じただろうウラームたちは、一行の姿を見るやすぐに襲い掛かってきた。いつの間にか手にしていた、鉈のような武器を振り回して。
    しかしジュエランド屈指の戦士であるザイガとシャイン戦隊が、この程度のことを恐れる筈が無い。

「行くぞ、皆の者」

 ザイガの号令で、一行はブレスを着けた腕を前方に突き出し、イマージュエルの力を受けて変身した。
 ザイガの身を包んだのは、黒耀石のような黒い全身スーツ。肩から腕にかけてと、胴から脚にかけては銀のラインが走っており、バイザーは左側だけに目のような薄紫の宝石が備えられていて、額と胸には金色でジュエランド王家の紋章が描かれている。
 四人しかいない当時のシャイン戦隊も、ザイガのそれと色違いのスーツを装着した。

「我が剣、受けてみよ」

 変身したザイガがブレスに手を添えると、宝石部分から光が発生し、その光は黒い柄の刀という形を得る。片刃で直線状の刀身には水面のような刃紋が浮かび上がっており、中東のダマクカス鋼を思わせた。
 シャイン戦隊も同様の機構で、西洋のブロードソードのような剣を出した。

    剣を出したザイガとシャイン戦隊は、小惑星の上で多数のウラームと激闘が繰り広げる。戦況はザイガたちが有利で、ウラームを次から次へと斬り捨ていく。
    そんな中、当時の紫の戦士が言った。

「マ・ツ・ザイガ。この程度の奴らなら、私だけで充分です。マ・ツ・ザイガは先に進み、マダム・モンスターとやらをお討ちください」

 この頃も紫と言いつつ色はピンクで、女性が選ばれていた。ところで彼女、意図せずしてザイガにとってこの上なく都合の良い提案をしていた。

「さようか。ならば、ここは任せるぞ」
 紫の戦士の言葉を受けたザイガは、付近のウラームを蹴散らしてその場から走り去った。
    小惑星の表面を少し散策すると、人が通れる大きさの洞穴をすぐに見つけた。
『敵の将はこの先に居る』と直感的に覚ったザイガは、迷わずその中へと進入した。
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 洞穴の中は複数の道に分かれたり、その先に大きく空洞があったりと、まるで蟻の巣のようだった。
    地下の迷路を捜索すること数分、遂にザイガは到達した。

「これが伝説のダークネストーン。そして、お主がマダム・モンスターか?」

 そこは、かなり大きな空洞だった。そこには白い注連縄のような結解があり、結解の内側には巨岩が静置されていた。その岩は、高さがザイガの身長の四、五倍はあろうかという巨岩で、全体から青黒い靄のような光が立ち上っていた。
   この岩が伝説のダークネストーンであることは、容易に察しがついた。その結解の前に立っていた一人の淑女が、マダム・モンスターであることも。

「そうじゃが。其方は何者じゃ?」

 呼ばれたマダムは振り返った。
 マダムの外観は今と同じで、黒が基調で装飾が白のドレスに身を包んでおり、胸に付けたエメラルドのような宝石をあしらったブローチと、頭に付けたアメジストのような宝石をあしらった金色のティラアが特徴的だった。
     彼女のブローチとティアラを見て、ザイガは思った。

(ブローチはイマージュエルだな。ティアラはダークネストーンと交信する為の道具か。見たところ、かなりの術士だな。おそらく、戦っても勝てんだろう)   
 
 そう察すると、ザイガは徐に変身を解いた。そして黒い宝石を備えたブレスレットも外し、横に放る。この行動にマダムは首を傾げた。

「ジュエランドの民か。わらわを討ちに来たのではないのか?」

 小惑星に何者かが飛来し、暴れていることには気付いていたマダム。彼らの目的は自分を討伐することだと思っていたので、ザイガの行動は意外だった。武装を解いたザイガはマダムに言った。

「私を仲間に入れて欲しい。このダークネストーンの力が必要なのだ」

 この発言は少なからずマダムを驚かせた。
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 同じ頃、まさかザイガが裏切ろうとしていたとも知らず、当時のシャイン戦隊は奮闘していたが、戦況は悪化していた。ウラームは次から次へと発生するので、倒しても数が減らない。長時間の戦闘で彼らは体力を削られていく。
 更に、この問題も顕在化してきた。

「どうした? イマージュエルの力を感じない…」

 戦闘中に、彼らのスーツや剣が光の粒子を巻き散らし始めた。距離が災いしてイマージュエルの力が届かなくなり、武装解除されつつあったのだ。その理由を知らない当時のシャイン戦隊は、狼狽えて鉄を叩くような音を上げるだけ。
 この時、ウラームは五体しか残っていなかったが、それらを倒す力はシャイン戦隊に残っていなかった。

 そしてシャイン戦隊は敗れた。五体のウラームの足元で、四人のジュエランド人が斃れ伏す。鮮やかだったブレスレットの宝石も、軽石のようにくすんでしまった。その傍ら、ザイガの持って来た黒のイマージュエルだけは輝きを保っていた。


 四人が落命した直後だった。ザイガが小惑星の表面に戻ってきたのは。彼の隣にはマダムも居た。

「ジュエランドもまた、救わねばならない星のようじゃな。其方の憎しみ、しかと受け取った。良かろう。其方と共に、ジュエランドの悪を打倒しよう」

 力尽きたシャイン戦隊の亡骸と、勝利した五体のウラームを見つめながら、マダムはザイガにそう言った。彼女がザイガを仲間として認めた瞬間だった。ザイガは謝意を示し、深々と頭を下げた。

「ありがたき幸せ。これからは私と貴方、そしてこの者たちと共に、【ニクシム】という結社を結成しましょう。ダークネストーンは私たちに力を授けてくださる【ニクシム神】です」

【ニクシム】という結社の名前と、【ニクシム神】という石の名前は、この時に決まった。因みに、ザイガが指した【この者たち】とは、シャイン戦隊を葬った五体のウラームだ。

 ザイガは完全に故郷を裏切った。しかし後ろめたさは無い。むしろ、鈴のような音を立てている。
    そんなザイガに、マダムは告げた。

「その憎しみで救える者が居るなら、必ず救おう。ダークネストーンの力は、虐げられている者たちを救う為にあるのじゃ」
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 その後、ザイガはニクシム神の力を加工し、五つの金細工を創った。『鱗船玉貝』『炎上する立方体』『頭蓋骨』『羽毛』『力こぶを作る腕』の五つ。【憎悪の紋章】だ。ザイガはこれを、当時のシャイン戦隊を葬った五体のウラームに授けた。
 このウラームたちは、それぞれ『壊猛かいもうゾウオ』『燐光ゾウオ』『殺刃さつじんゾウオ』『念力ゾウオ』『剛腕ゾウオ』へと変貌した。

 五体のゾウオを生み出すと、ザイガとマダムはジュエランドに対する宣戦布告の声明文を作り、シャイン戦隊四人の亡骸と共にジュエランドへ転送した。

 そしてザイガの加わったニクシムはジュエランドを襲撃。最後のジュエランド王となったマ・スラオンとその王妃マ・ゴ・ツギロ、他多数のジュエランド人の命を奪った。

 ジュエランドを陥落させた後、ザイガはジュエランド王家の生き残りであるマ・カ・リヨモを討つべく、彼女の亡命先である地球への進攻をマダムに進言した。

 しかしマダムは同じ恒星系の惑星・グラッシャの救済を優先し、ここでゲジョーをはじめ多くの者たちを苦境から解放した。

 ニクシムの地球進攻が実現したのは、その後だった。

   

 ザイガが加わったニクシムは、ジュエランドとグラッシャを救済した。そして今、地球を救済しようとしている。

「その憎しみで救える者が居るなら、必ず救え」

 黒のイマージュエルが静置された部屋で、ザイガの背にマダムが言葉を送る。ザイガは静かに頷き、左手を前方に突き出した。黒耀石のような黒い宝石を備えたブレスレットを装着した左腕を。

「ホウセキチェンジ。…ホウセキブラック」

 ザイガの声に呼応してブレスレットは発光し、彼を黒い戦闘スーツに包む。
 ザイガのスーツはジュエランド時代とは異なり、額と胸にあったジュエランド王家の紋章が消えている。代わりに、額にはアメジストのような紫の宝石と金の装飾、胸にはエメラルドのような宝石と金の装飾が輝いている。
 ホウセキブラックに変身したザイガは一度だけマダム方を振り返り、会釈をした。その直後、黒のイマージュエルから照射された木漏れ日のような光がザイガを照らし、彼はこれに乗ってイマージュエルの中に引き込まれる。

「ニクシム将軍・ザイガ! 地球へと行くのじゃぁっ!! これまでの仲間たちの無念、必ずや晴らせぇぇっ!!」

 マダムは金切り声を上げ、外したティアラを前方に翳した。ティアラに備わった紫の宝石から、紫の光線を一直線に放たれる。光線はイマージュエルの背景に当たり、景色をガラスのように砕いて七色の光が渦巻く穴を開けた。
 すると黒のイマージュエルは浮き上がり、この穴の中に吸い込まれていく。マダムはその様を真っ直ぐに見て、ザイガの出陣を見送った。イマージュエルの中で、ザイガもマダムに視線を送る。

(ついに、地球に行ける。これで我が愚兄の血を引く無能な王女、マ・カ・リヨモを殺せる)

 マダムの方を見ながらザイガが思ったことは、そんなことだった。


 ところで、ザイガはこの感情が自分でも不思議だった。

    スラオンを討つ前は、彼の妻であるツギロや娘のリヨモのことなど全く眼中に無かった。
 それが何故だろう? 今はリヨモを討つことが目標になっている。
 それどころではない。ジュエランドに居た頃、リヨモに対して何の感情も抱いていなかった。
 それが何故だろう? かつてスラオンに抱いていた憎しみを、今はリヨモに抱いている。

 その理由は本当に解らなかった。

 しかし解らなくてもいい。リヨモを討ち、憎しみを晴らす。ザイガはそれしか考えていなかった。

(タエネよ。お主の無念、必ず晴らしてみせる)

 ザイガは心の中で強く誓った。その思いは、バイザーの左側だけに備わった目を模した薄紫の装飾に、白く強い光として表れた。


次回へ続く!

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