社員戦隊ホウセキ V/第63話;不思議なおねえさん
前回
五月十七日の月曜日、新杜宝飾で実施された健康診断にて、何故か十縷は伊禰にしてやられてしまった。伊禰が言うには、「あれは犯罪行為」らしく…。
そして、伊禰をはじめ光里や和都が『エモい』という形容詞を十縷に用いるようになったが、最初に言ったのは伊禰である。
何故、十縷はそんなことを言われたのか?
どうやらそれには、先週に出現した爆発ゾウオとの戦いが関連しているらしいが…。
五月十七日の月曜日。夕方、十縷は和都と光里と共に筋肉屋へ向かっていた。
その道中、三人は伊禰の話題で盛り上がっていた。
「最初はビックリしましたよ。あのゾウオは遠距離攻撃が得意で、接近戦専門の祐徳先生には嫌な相手かと思ったんですが、社長も隊長もあっさりOK出しちゃうんですから」
十縷がしみじみと語るのは、爆発ゾウオが最初に出現した日、同ゾウオを撃退後に寿得神社であったことだ。その時、伊禰はこんなことを言った。
それがどのような技で、具体的にどのように爆発ゾウオに有効なのか、伊禰は詳細を語らなかった。なのだが時雨は二つ返事で許可を出し、愛作も、異論なく同意したのだ。
二人から許可を貰うや否や、伊禰はすぐに席を外した。「今すぐ、道場に行く」という旨の発言を残して。
「でも、お蔭で知りましたよ。祐徳先生があんなに凄い人だったなんて」
十縷の脳裏に、どんどん五月八日の土曜日、寿得神社の離れで話したことが甦って来る。
伊禰が道場へと発った後、何故かその場は伊禰の話題で盛り上がった。その場で、十縷はいろいろと伊禰の情報をいろいろと知り得た。
まず、伊禰の父親は元プロ野球選手で、今はポ・リーグの小場急ライナーズの監督を務める祐徳和久という人物であること。これは入社式の日、新杜宝飾本社ビルの一階ロビーに小場急ライナーズのポスターが貼ってあるのを確認したので、衝撃度は低かった。
また、祐徳和久氏の妻が、割と著名なギタリストの笠間文子という人物なので、必然的にその人が伊禰の母親になる。
取り敢えず、伊禰は有名人夫婦の間に生まれたお嬢様だったのだ。
それから、伊禰は研修医時代に江戸大学の医学部付属病院と新杜宝飾の産業医を兼任していたが、二年前から新杜宝飾の専属になったという略歴も知った。その際に、伊禰の出身大学が最難関である江戸大学の医学部であるということも知り、ここで十縷は驚いた。
当時、十縷はそんなことを言った。すると、リヨモがすかさずこう返した。
リヨモの発言は非の打ち所が無いような模範解答で、当時の十縷は黙らされた。
あの時のことを、和都も振り返って話を合わせてきた。
「あの時、姫が仰ったことは的確過ぎたけど…。まだジュールみたいに見上げるだけなら良いんだよ。問題は、変に悪くいう奴。二言目には、『江戸大出てる奴は、上から目線で性格が悪い』とか『江戸大出てる奴は、勉強ばっかりで変な奴だ』とか。あれ、要するに負け惜しみだろうけど、何なんだろうな?」
和都はやたら実感の籠った口調で、そう言った。そして、これに十縷も話を合わせる。
「解ります。なんかそういう、妬み根性丸出しみたいな人、居ますよね。あれ、自分より綺麗な子のこと『あいつは性格が悪い』とかすぐ言う、小五女子のメンタルだと思うんですけどね。最悪ですよね」
十縷の相槌に、和都は「そうそう」と深く頷く。この二人はかつて、どんな人と接したのだろう?
しかし、光里にはピンと来ない話だったようだ。
「でも、お姐さんにそんなこと言う人、居るの? あの人、変だけど優しいし、何だかんだで頼りになるし。何処が性格悪いの?」
光里は真顔で、随分とトボけた発言をした。おそらく光里は、十縷や和都よりも他者に妬まれた経験が豊富そうなのだが…。意外に経験が無いのか、それとも認識していないだけなのか?
何にせよ、十縷と和都は思わず閉口してしまい、ここで話題を変更せざるを得なくなった。
「前から気になってたんですけど。お二人はどうして祐徳先生を【姐さん】って呼ぶんですか? って言うか新杜宝飾の人、誰も祐徳先生のこと【先生】って呼びませんよね。医者なのに」
という訳で、十縷が話題を切り替えた。伊禰に関することなので、不自然なく会話は続いた。
「あれって、お姐さんが研修医だった頃の名残ですよね?」
光里が確認するように和都に問い、和都は「そうだな」とこれに頷いた。
二人の話によると、伊禰が新杜宝飾に関わるようになった三年前、新杜宝飾には専属の産業医がおらず、非常勤の医師が三人、日替わりで回していた。その三人のうち一人が当時まだ研修医だった伊禰で、他二人は伊禰の指導教員と、伊禰の先輩に当たる江戸大学附属病院の勤務医だった。
当時、この三人の名前を憶えている社員は少なく、【爺ちゃんの方】【おじさんの方】【姐ちゃんの方】と呼ばれていた。
そして、伊禰が新杜宝飾専属の産業医になって二年が経った今も、定着した呼び名が変わらないということだった。
(そうなると、祐徳先生を下の名前で呼ぶ隊長…。なかなかチャレンジャーだよな)
得意の想像を膨らませて、十縷は顔をニヤつかせた。その表情の変化を、光里が目ざとく捉える。
「ねえ、ジュール君。またエモいこと思い出してない? お姐さんのこと」
十縷の右横を歩いていた光里は、不意に彼と肩が当たるくらいまで距離を詰め、独特に引きつった笑みを浮かべつつ十縷を見上げてきた。
「いや、違うって! 想像してたのは別のことで…!!」
咄嗟の発言が絶妙に悪く、十縷は余計な誤解を招き…。
そんな阿呆な会話をしているうちに、三人は筋肉屋に到着した。
地球で十縷たちが平和な話題に花を咲かせていた頃、遠く離れた恒星系の小惑星・ニクシムでは、ザイガたちがこんな話題で盛り上がっていた。
この時、マダム・モンスターはグラッシャに出掛けており、不在だった。祭壇で黒い粘り気のある光を発するニクシム神を眺めつつ、ザイガは呟いた。
「爆発ゾウオも敗れ、これで残ったゾウオはスケイリー以外では剛腕ゾウオのみとなった。奴に任せる作戦の準備は、ゲジョーが進めてくれているが…」
音の羅列のような声と共に、ザイガは体から軋む歯車のような音を鳴らしていた。
この場に居たスケイリーとゲジョーは、その音に首を傾げる。
「何かお悩みか? ゲジョーは抜かり無く進めてると思うが」
スケイリーが問い掛けると、ザイガは視線をニクシム神からスケイリーとゲジョーに向け直して語った。
「爆発ゾウオを破った紫の戦士の技、お主らはどう思う?」
ザイガの話によると、爆発ゾウオは伊禰 = マゼンタが修得した技の前に敗れたらしい。これは十縷たちが話していたことと、一致していた。
敵が体得した新たな技を警戒するのは当然だが、スケイリーは違った。
「あれな。多分、俺もあの技を攻略できないだろうが…。しかし、結局あいつは殴るか蹴るかしかないから、俺からすれば脅威でも何でもねえ」
自身の防御力に絶大な自信を持つ、スケイリーらしい発言だった。その隣で、ゲジョーはコメントに困っているのか、下唇を軽く噛みつつ、視線の先をザイガの足元に向けている。
そして、ザイガは依然として軋む歯車のような音を止めない。
「楽観視はするな…。と言いたいが、私も紫の戦士の技そのものは大した脅威だとは考えていない。しかしだ。もし、あの技の原理が憎心力を反発させるというものだったら、どうなのだろう?」
ザイガが何を気にしているのか、スケイリーもゲジョーも理解できなかった。だからスケイリーは「はぁ?」と露骨に不快そうな声を上げ、ゲジョーも言葉に悩みつつ首を傾げる。
そんな二人にザイガは説明した。
「最大の脅威は、憎心力やダークネストーンの力を打ち消す、赤の宝世機の水だ。おそらく赤の戦士は、ジュエランドで語り継がれていた、稀にいる【憎心力やダークネストーンの力を消す力を持つ者】。そう考えるのが妥当なのだが…」
ザイガの話した内容は、初めて十縷が赤のイマージュエルを梯子車型のピジョンブラッドに変形させた時の発言と同じだ。
ゲジョーはともかく、スケイリーは「聞き飽きたわ!」と言いそうな雰囲気を醸し出していたが、その考えは次の瞬間には消し飛んでいた。
「しかし、五色のイマージュエルが元は一つの石で、互いに干渉し合っているという点を考えると、あの能力は赤の戦士ではない他の四人の能力が間接的に作用したもの…。と考えることもできる」
実はザイガ、この話も十縷の初陣の時にしていた。
しかし、当時は十縷 = ホウセキレッドの活躍が鮮烈すぎたせいで、このザイガの仮説の印象は薄くなっていた。だから、スケイリーにもゲジョーにもこの説は初耳同様で、二人は驚いたように息を吐いていた。
「憎心力やダークネストーンの力を消せる能力を持っているのは、紫の戦士じゃねえのか? そう言いたいのか?」
スケイリーはザイガの意思を読み、そう問うた。ザイガは頷き、「さよう」と返した。
話に食指を動かされたのか、スケイリーは上ずった声で自分の所見を語った。
「赤以外の四人と戦った感触から言うと…。俺を【殺す】という意志が強かったのは、確実に紫だ。だけど俺らゾウオと違って、それを愉しんでる感じは全く無い。憎心力も全く感じない。【殺す】っていう意志を想造力に変えてる感じだった」
伊禰 = マゼンタの拳をその身に受け、スケイリーは彼女の思考や感情を読み取っていた。
それが意外だったのか、ザイガは鉄を叩くような音を鳴らした。
「だが、俺は紫に興味はねぇ。殺す気のくせに、素手に拘るとか意味が解らん。ただ中途半端なだけだ。あいつよりは、黄の方が面白そうだ。あいつは独特な歪み方をしてやがる。ちょっと間違えたら憎しみに変わりそうな、妙なモンを抱えてやがるな」
以上がスケイリーの初見だった。ザイガはご満悦の様子で、鈴のような音を大きくした。
続いて、ザイガはゲジョーに話を振った。ゲジョーは少し慌てて呂律が回らなかったが、すぐに落ち着いて語り始めた。
「しっかり話したのは青の戦士だけですが…。憎しみは全く感じませんでした。あれだけの目に遭っているのに。不可解でした。他の戦士のことは、詳しく述べられません」
そう言いながら、ゲジョーは今までの戦いを振り返る。
真っ先に脳裏に甦ったのは、香洛苑遊園地で繰り広げられた念力ゾウオとの戦いだ。
あの時、癇癪を起した念力ゾウオにゲジョーは攻撃されたが…。
その行為にレッドが怒り狂って、念力ゾウオに猛攻を加えた。対してグリーンはゲジョーに駆け寄って、首を絞めていた紐を解いた。
この対応の違い、それを生んだ感情の違いを想像し、ゲジョーは思った。
(憎心力やダークネストーンの力を消す力を持つ者が、怒りに我を忘れる? その力は自分には作用しないのか? それより、他の戦士の能力が赤の宝世機に反映されたと考えた方が納得できる気がする)
そう思ったゲジョーの脳裏には、その人物の顔が浮かんでいた。
直接見た訳ではない。寄り添ってきた時に、翡翠のバイザー越しに幽かに見えた目許から想像した優し気な笑顔。
その顔を思い返すと、ゲジョーには独特な安心感を覚えてしまうのだった。
次回へ続く!