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叶とわ子・外伝/第五話;理解

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

    この作品は、pekomoguさん原作の『心の雛』のスピンオフ作品です。

【心の雛】の原作マガジン

https://note.com/pekomogu/m/me0868ad877bd


 奥野心は胸ポケットに妖精シルフを入れていた。叶とわ子は捕獲ちゃんを起動させ、そこから妖精を引きずり出して、狩ろうとした。その時、奥野心は身を挺して妖精を庇い、妖精の代わりに自分が捕獲ちゃんの刃を受けた。

 あの時、叶とわ子は知った。妖精が人語を解し、意思疎通ができることを。

 今まで、妖精は言語を持たない生物で、意思疎通は不可能と言われていた。しかしながら奥野心が保護していた妖精は、かつて考えられていた妖精像とはかなり異なった。


「十年くらい前に考えられていた妖精の姿は、だいぶ間違ったものだったのかしら?」

 叶がその考えに至るのに、大して時間は掛からなかった。

 だから、奥野心の医院に通って、雛と名付けられた妖精の観察をすることにしたのだ。


 そういう理由で、あれだけ大暴れした数日後、叶は性懲りも無く奥野心の医院を訪れた。
 目的の半分が診療で、もう半分が観察だった。

「この妖精、よく私の前に姿を見せるわね。私が怖くないの?」

 雛という妖精は奥野心の肩の上に乗り、彼の首にしがみついた状態で、自分を出迎えた。これが意外過ぎて、叶の目は点になった。

 思い返せば、自分が捕獲ちゃんを使った日、この妖精は自分と奥野心と一緒にティータイムの席に同席していた。
 自分を殺そうとした相手と、平然とお茶を嗜んでいたのだ。

「自分が何をされそうになったのか、それが理解できないくらい知能が低いの? いや。そこまで知能が低い動物が、言葉を理解して使いこなせる訳が無いわね」
 言葉は脳の中だけに留め、奥野心の診察を受けながら、叶は妖精の観察を続けた。すると気付いた。

「睨みつけてる。やっぱり私を敵として認定してるみたいね」
 雛という妖精は、奥野心の首にしがみつきながら、目を吊り上げて叶を凝視していた。心に触れなくとも、その視線から怒りや敵愾心を察することは容易にできた。
 そして奥野心の首にしがみついているのは、自分に対する恐怖心の現れだと推測した。

 だとすると、余計に理解できない。
 何故、自分を殺そうとした相手の前に姿を見せる?

 悩んでいると、叶はあのことを思い出した。
「この妖精、私を魔法で外に放り出したわね。あれだけの力があれば、私を殺すこともできる。もしかして、隙を見て殺す気なのかしら?」
 その可能性も充分に考えられた。現に、妖精の魔法で命を落とした人はいる。妖精にとって、実は人間など恐れる程の存在ではないのかもしれない。

 しかし、この説には自分が頷きかねた。

「殺す気なら、とっくに殺してるわね。あの日、捕獲ちゃんを魔法で操って、私を傷つけることもできた筈だけど、この妖精はそれをやらなかった」

 この妖精に殺意は無い。それはその妖精の行動が実証している。すぐその結論に至った。
 そして叶は、ある事実にも気付いた。

「羽が全部無くなってる。私を外に飛ばした時、反動で最後の一枚も捥げたのかしら」

 この妖精は最初に見た時、左側に下羽が一枚だけ残っていた。しかし、今は一枚も羽が無い。

    妖精は魔法を使うと、その反動なのか体が傷つくと、捕獲要員たちの証言で知られていた。
 その点から考えると、この妖精は残り一枚の羽を犠牲にして、あの日、自分を外に出したのだろうと容易に想像できた。

 そして思った。
「多分、もう強い魔法は使えないわね。と言うか、羽を捥いでまでしたのに、私を殺さなかったの? 私を殺せば、確実に危機を回避できたのに…」

 もしかして妖精は余り凶暴ではなく、むしろ攻撃性の低い生物なのかもしれない。叶はそう思い始めていた。
 だがそうすると、余計に理解できない。

「なら、どうして私の前に姿を見せるの? もう抵抗する力も、殺す力も失ってるのに。やっぱり知能が低いの?」

 本当に理解しかねた。これは一回の観察では、理解し切れなかった。


*  *  *



 叶は、また日を改めて二回目の観察に臨んだ。

 この時も、雛という妖精は堂々と姿を現した。今回は胸ポケットに入り、頭だけを外に出していた。そして相変わらず、斜め上に吊り上げた目で叶を睨んでいた。

「何なの? どうして私の前に姿を現すの?」

 叶は悩みながら、診察を受けた。そして、心を整えられながら考えた。

 この妖精の行動には、本当に不可解な点が多すぎる。

 初めてこの医院を訪れた時、この妖精の姿を確認した。おそらく咄嗟に植木鉢に隠れてたのを、わざわざ奥野心が摘まみ上げて胸ポケットに入れたから、その時にはっきりと目撃できた。


 捕獲ちゃんを使ったあの日は、今日と同様に胸ポケットに入っていた。

 最初から羽を三枚失っていたことから、人間に襲われた経験があってもおかしくない。


 それなのに、どうして人間に見つかるリスクを冒すのか?

 見つからないよう、診療時間中は患者が立ち入らない場所に籠っているとか、防衛措置を取らないのか?


 敵意を籠めた視線や、自分を医院の外に出した行為から、性善説を心の底から信じている完全な平和主義者ではなさそうだ。

 それなら何故、自分を殺しかねない人間の前に現れる?

 本当に謎だったが、暫くするとその理由が理解できる行動が確認された。

「歯軋り? まさか…」

 叶は見た。ある瞬間、雛という妖精が奥野心の顔を見上げ、歯軋りしているのを。

 その様子から感じ取れた感情は、敵愾心や悪意ではない。おそらく…嫉妬だ。

 それに気付いた時、叶は雛という妖精の行動が全て納得できた。

「この子、他の女に心先生が構っているのが嫌なんだ。危険な人間の前に平気で出て来るのも、心先生と一緒に居たいから。いや、まさか心先生を守ってるつもりなのかも?」

 それが理解できた瞬間、何だか拍子抜けして乾いた笑いが口から洩れそうになった。叶はそれを必死に堪え、滑稽な妖精の少女に生温かくも微笑ましい視線を送る。

「担任の先生にガチ恋してる小六女子じゃないんだから…」

 呆れているのか、それとも感心しているのか。
 叶の感情は複雑だった。

 しかしこの時、叶は確信した。
 妖精は体がちょっと小さいだけで、人間と何も変わらないのだと。

「この子のメンタルは、想像を絶する程に頑丈なんでしょうね。殺されそうになった恐怖より、好きな人に他の女が寄り付く怒り、はたまた好きな人と一緒に居たい気持ちが上回る。だから自分を殺そうとした相手とも、平気で対峙できる。そんな所かしら?    色気づき始めた、気の強い肉食系女子の予備軍ね」

    叶の中で、雛の人物像はほぼ固まった。


*  *  *


 妖精は虫ではなかった。私たちと何も変わらない、心を持っていた。そんな妖精たちが容赦なく狩られているこの現状を、何とかしらなければならない。

 そのことに気付いてから、叶とわ子は明確に変わった。そして、この決意を実現するべく、動き始めた。


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