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史上最大規模の「フェルメール展」を観に行った話 読むアドベンチャーその①

2023年2月より6月までの間、オランダアムステルダム国立美術館にて、史上最大規模といわれるフェルメール展が開催されていた

今回、“史上最大規模”とよばれるのもそのはず、フェルメールの現存の作品は世界中に全37作品あるうちの28作品がこの短い期間にアムステルダムに集まってくるからだ
そんな機会はおそらく今後もうないだろう

十数年前よりふと気が付くとフェルメールに魅せられていた私は、彼の作品をすべて見て回ることを人生のTODOリストに加えた

それからというもの、何かの機会で海外を訪れることがあれば、必ずといっていいほど彼の作品が所蔵されている美術館を調べては足を運び、日本にやってくる作品があればそこへ赴き、コツコツと新しい作品に出会えることにささやかな幸せを感じていた
この時点で出会った作品は21点 まだまだ先は長く、ゴールは到達圏内にすら入っていなかった

そんな中、奇跡的にもこの展覧会についての朗報が目の中に飛び込んできたのは渡独を決めた翌日のことだった もともと今回の渡独の最大の目的は、ベルリンで開催される国際ダンスコンクール参加者のアシスタントとして同行することだった
しかし、このあまりの偶然すぎるラッキーは、夢をかなえる時に感じられるあの独特な感覚を思いおこさせるとともに、にわかにその興奮が体中を何周も駆け廻った

ベルリンへ行く前にアムステルダムに行くことだけは決めていたものの、どうせ行くのなら彼の故郷であるデルフトの街も訪れたい、などなど、どんどん欲が出てきた
そしてオランダ滞在日数と、宿泊先や列車の手配といった最低限のことだけは渡独前にある程度済ませ、メインである国立美術館へのチケットは現地に行ってからでも遅くないだろう、と安易な気持ちで構えていた
というのも、フェルメール展が開催される前後にオンラインチケットの予約状況を毎日確認していたところ、まだまだ埋まる気配もなく、2月中であれば平日だったらそんなに混み合うこともないだろうといったあまい予想をしていたのだ

いざドイツへと出発したのは2月7日
フランクフルトの友人宅を訪れるなり、再会のあいさつや近況報告とともに、フェルメールに対する熱い思いも意気揚々と語り、もう行ったも同然の気分だった

私の友人は昨年7月にドイツに移住し、フランクフルトにあるシュテーデル美術館へも歩いて行ける距離の住宅街に住んでいた そう、そこには私が何年も何年も思いを寄せていた作品のひとつである『地理学者』が所蔵されているのだ 彼女は昨年末に美術館を訪れたものの見た覚えすらない、と言って笑っていた それを聞いた私は思わず「エェェェェー――ッ!」と叫び、軽いショックを受けた しばらくして、興味のないということはそういうことか、となぜかすんなりと納得をした
本当ならば次の日にでもシュテーデル美術館に行って、作品を鑑賞したい気持ちが何よりも優先されそうなものだが、『地理学者』は皮肉にも史上最大規模展覧会に参加していたため6月初旬まで不在だった 

あぁ残念・・・ 人の少ない静かな空間の中で存分に作品を楽しみたかったのに…
私にとって、過去に生きた人物の遺していった創造物との出会いは何にもたとえようのない経験だ ひとの息吹が吹き込まれた作品との1対1の対話はなににも代えられない貴重な体験で、そのひとときは時間や時空をとび越えて感性で語りかけ、またそれに呼応するかのようにレスポンスが返ってくる 

フランクフルトの冷たい風に吹かれながら、オランダに旅立つ前の数日間をゆるりと過ごし旅の準備をすすめた これから待ち受けている怒涛のハプニングのことなんて全く予測だにしないで…

2月11日 10:09フランクフルト発ハーグ(オランダの首都)行きのチケットとともに電車に乗り込む DB(ドイツ鉄道)に乗るのは何十年ぶりだろう… デュッセルドルフまで遅延もなく順調に到着 10分ほどの待ち時間に電車を確認し乗り込む ヴェンロという聞いたこともない街でさらに乗り換えハーグへと向かう ところが、ここまで順調だった列車の旅にいきなりのハプニング なんと「ハーグ行きの列車はキャンセルになりました」とアナウンスが‼
その瞬間急に心細くなり、不安が襲ってきた ヴェンロなんてドイツなのかオランダなのかどこかもわからない小さな駅で、次の列車が理由もわからずキャンセルになり、予定が狂った乗客がどんどんホームに増えていく いったいどうやってハーグまで行けばいいの??? 周りに聞く勇気も出ないままひたすら電光掲示案を見つめ次なる方法を考える そこへ一人の駅員の黒人女性が通りかかった 「すみません、ハーグまで行きたいんですけど、どうしたら良いですか?」と聞くと、彼女は即座に「“◎✕★%$―#!”で乗り換えなさい」という 「えっ、どこどこ?」 「◎✕★%$―#!」2回目聞いても聞き取れない そもそもその駅名知らない とりあえず音だけ記憶してあとで調べたら「Eindoven」という場所だった アインドーヴェンってどこぉぉぉ?
とにかくそこへ向かおう 次に電車が来るまで寒いホームでひたすら立って待ち続ける
今となってはもう詳細は思い出せないけれども、とにかくそれからアインドーヴェンという駅まで列車に乗り、そしてもう一度そこで乗り換えて何とかハーグへとたどり着いた 明るいうちに到着するはずが、日は暮れあたりはすっかり真っ暗だったが、ハーグ駅の明かりは優しく微笑み「おぉー!よく来たね!」と大歓迎してくれているようだった(と思いたい)

お昼ご飯を食べる時間もなかったため空腹はマックス! ハーグの駅に着くなり、寿司バーを見つけ一目散に向かうと、サーモンロールやかっぱ巻き、そしてMiso Soupもある! インスタントか?と思ったが、とにかく空腹と寒さで冷えたからだを温めるためお寿司とみそ汁を買った たっ、高い… 2つで1800円‼‼ でも背に腹は代えられない すぐさま近くのフリースペースに座って食べ始めた 「はあぁぁぁー」 インスタントでもみそ汁をすすっただけで気持ちも落ち着き、ハーグに無事着けてよかったー、という思いでいっぱいになった
スマホで宿までの道のりを確認すると、トラムにのって9駅目ほどのところだとわかった 今日から四泊お世話になるのはAirB&Bで予約したイギリス人のカレンさんという方のお宅 どんなところだろう… どんな人だろう… と少しの不安と大きな期待を胸に移動再開 頭上を走るトラム乗り場へと向かい、最寄り駅で降り徒歩10分 ガタガタな石畳の道をキャリーケースを引っ張りながら、なんとか到着したのは8時ごろ 当初の到着予定は大幅に遅れ結局移動時間にほぼ10時間かかった
カレンさんは60代後半といった気さくな方で、よく来たね!と言って迎えてくれた お互い自己紹介を簡単にすませ、キッチンやバスルームの使い方の説明をひととおり聞き、お茶を飲みながら世間話が始まった
「私フェルメールがとても好きで… アムステルダムのフェルメール展を観に来たんですー!」と言うと、「あぁ、フェルメールね!すごい人気だよ!数日前にオンラインで予約しようと思ってみてみたらもう3月末しか空いていなかったからあわてて予約したのよ!チケットは持ってるの?」

うそぉぉぉぉぉぉー―――!

再度体中に、今回は“やばい電流”が冷や汗と共に駆け巡った

つづく