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オックスフォード大学のアドミッションデータから見る学問トレンド


1.この投稿の目的

 海外大学院へ出願を検討されている方にとって、どの大学のどのコースに出願するかという悩みは、アドミッションに関するデータと切っても切り離せないかもしれません。イギリスには、日本と同様に公的機関の情報公開制度があり、What Do They Know?(https://www.whatdotheyknow.com/)というサイトでオックスフォード大学も含めた様々な機関の開示請求の結果が公開されています。

 今回は、このサイトで開示されていたオックスフォードの修士課程のアドミッションデータを基に、昨今の学術トレンドを簡単に分析してみたいと思います。オックスフォード大学はその知名度のお陰もあり学生が世界中から集まることから、受験者目線ではありますが、世界的なアカデミックのトレンドがこのデータからある程度類推できるのではないかと考えています。

 ローデータは2019/20年から2023/24年のアドミッションデータを用いています。元のデータには博士課程やディプロマコースのデータも含まれていますが、これらは計算対象から除外しています。なお、データは以下のURLから入手可能です。といっても、複雑な統計モデルを組んで分析するというわけではなく、シンプルな計算で明らかになる程度の分析をしています。
https://www.whatdotheyknow.com/request/full_graduate_admissions_statist#incoming-2487230

2.コースごとの受験者数

 オックスフォード大学には修士課程だけで、数百ものコースがあります。英国では大学で何を学ぶのかがその後の進路に大きく関わってきます。企業のインターン募集では、ビジネス系や経済系のコースに在籍(または卒業)していることが必須である場合もあります。一例として上げると、BNP Paribasのロンドンでのサステナブルファイナンスに関する長期のインターンシップでは、必要不可欠な学術要件として以下が挙げられています(2024年8月2日時点)。

  • Bachelor degree or higher from a leading University in marketing, finance or economics;

 また、Britton et al.(2020)は、その研究の中で、医学、経済学、数学、工学、薬学、物理学、法学などを学ぶことが、その後の人生における賃金にポジティブな影響を与えることを明らかにいます。当然、学問領域の選択は賃金だけで決定されるわけではないでしょう。しかしながら、全学部全学科に門戸を開いている日本の新卒採用に比べると、何を学ぶかということと職業選択が欧州では密接不可分のように思われます。このため、大学横断でコースごとの受験者数を見てみるのは、職業選択への前指標として一定程度価値のあるデータかもしれません。以下はデータのある直近5年の受験者数合計のランキングです。また補完できない欠損データのあるコース(募集を停止にしているコースや新設コース)については、集計から除外しています。

(1)受験者数の多いコース(直近5年)

2019/2020-2023/2024

(2)受験者数の少ないコース(直近5年)

2019/2020-2023/2024

3.倍率

   倍率は、大学側が決めるオファーを出す人の数を受験者数で割ることでもとめられます。このオファーをどれだけ出すかというのは大学側の受け入れ体制や辞退率と関係してくるため、倍率自体は絶対的に意味のある数字ではないかもしれません。ただ、オックスフォード大学では、チュートリアルにおける少人数授業を重視していることからも、受け入れ数は一定程度に絞るという方針があるのは間違いありません。これらを踏まえた上で、倍率が高い・低いコースをそれぞれ下記に示します。

(1)倍率の高いコース(直近5年)

2019/2020-2023/2024

(2)倍率の低いコース(直近5年)

2019/2020-2023/2024

4.考察

  先述のとおり、欧州では何を学ぶかが、その後のキャリアにおいて必要条件になっている場合もあることから、受験者数はMBA、MPP、コンピューターサイエンス、経済学、統計学といった実学領域で多くなっています。また、この中で特筆すべき点としては、環境系の学問が、他の伝統的な実学領域に加えて多数の受験者を集めているということです。

 一方、倍率は、ニューロサイエンス、統計、心理学、環境など比較的理科学系の学問で高いように見受けられます。しかしながらMBAを取ってみると、倍率はここ5年で約2倍とオックスフォード大学の修士課程の中では高い倍率とは言えません。それではMBAの重要性が下がったかというとそういうわけではなく、先述のとおり、金融機関やその他のコマーシャルセクターで働きたい場合は、必要不可欠なアカデミック経験であり、有力な進路先になることは間違いありません。

 ここから推測されるのは、MBAは重要だがオックスフォード大学のMBAの志望度が低いということか、それとも倍率という指標はそもそも重要でないということです。そして倍率自体は先述のとおり、大学側の恣意性である程度左右できてしまうことから、学術トレンド的なものを見る上では、受験者数そのものの方が比較的重要であるように思われます。
 
 これを踏まえてもう1度受験者数のリストを見ると、スリープメディスン、エビデンスに基づくヘルスケア、女性と生殖医療、チベットとヒマラヤ研究、音楽研究などに受験者数的な面で人気が集まらないのは、その後のキャリアの展望が描きにくいと考えられているからなのかもしれません。

5.結論 

 修士課程のパーソナルステートメントでは、将来のキャリアの展望に対して何故このコースで学ぶ必要があるのかということを書くことが求められます。受験者数を見るだけでも、同じオックスフォード大学の修士課程で受験者数が数百倍違うというのは、どの学部学科でもいいから有名大学へ進学しようという日本の受験スタイルとは大きく異なるように思われます。

 現在の学問トレンドは全体として実学重視の風潮です。ただし、重要なのは、そうしたトレンドや日本の慣習にとらわれることなく、これまでの学術的な経験やキャリアを振り返り、将来を見据えて、自分が本当にしたい学問を強く志向することなのではないでしょうか。

Reference
  Britton, J., Dearden, L., van der Erve, L., & Waltmann, B. (2020). The impact of undergraduate degrees on lifetime earnings (No. R167). IFS Report.

※NOTEの内容は、すべて個人の責任で執筆されており、所属機関の見解を示すものではありません。




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