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5歳__ギフテッドでサイコパスな女の子/小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

「ねえ、咲希。これ、やってみない?」

居間でロゴブロックを組み立てて遊んでいる咲希に、母親の希代が後ろから声をかけた。
希代は一冊のドリルを手にしていた。赤い表紙に金文字の、豪奢なデザインの本だった。

「賢い子のための…パズル?」

「そう。咲希ってやっぱり、他の子と違うと思うの。なんでもいうことを聞くし、手もかからないし、もう漢字もたくさん知っているでしょう?だから、咲希にはもっと賢くなってほしい。」

希代は目をキラキラさせながら語り始めた。

「お医者さんとか、かっこいいお仕事だと思わない?人の命を救うのよ。私、おばあちゃんになった時に、咲希に助けてもらいたいなあ…そのためには、たっくさん勉強しないといけないんだけど、咲希ならできると思うの。いや、できるできないじゃない、やるのよ。」

希代が語り終わる頃には、咲希はロゴブロックを箱にしまいきっていた。
咲希はドリルを両手で受け取り、ぱらぱらと中身を見た。

「ありがと。やってみるね、」

咲希は階段を上がり、自分の部屋に入った。
いたって普通の、女の子部屋…ではなかった。

大量の蟻が、死んでいた。


「あーあ。もう死んじゃったか。」

小ぶりの透明のケース(きっと何かのおもちゃでも入っていたのだろう)の中にうじゃうじゃと詰め込まれた蟻の、ほとんどが動かなくなっていた。

何匹かの蟻は、まだ息があるのだろう、仲間の死体を足場に、なんとか這いあがろうともがいていた。

「無駄だよ。透明だけど、ふた、閉まってるんだから。」

咲希は、サイコパスだった。
学校の帰りに集めてきた蟻を、いつもこのケースに監禁しているのだ。

初めは必死に動き回る蟻も、数日経てば飢えに苦しんで動きがゆっくりになる。
まだ生きている数匹の蟻が、ビクビクと足を震わせているのを見て、咲希はふふっと笑った。

咲希はその様子をしばらく眺めていたが、おもむろに立ち上がった。

「もう、いっか。」

咲希はトイレから水を汲んできて、蟻の入ったケースを開け、水を流し入れた。
蟻の死体が浮かび上がった。かろうじて息があった蟻も、溺れ死んでいった。

咲希はいつも、こうやって蟻を全滅させて、トイレに流す。
明日また、学校に行って集めてくるのだろう。


洗濯物を取り込みに2階に上がってきた希代が、咲希の部屋を覗いた。

いたって普通の、女の子部屋だった。
赤い表紙に金文字のドリルが、夕日に反射して場違いに輝いていた。

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