ノンフィクション小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

この物語はノンフィクションですが、氏名・地名などに関しては仮名を使っています。

ノンフィクション小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

この物語はノンフィクションですが、氏名・地名などに関しては仮名を使っています。

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プロローグ その患者は、生きていなかった。/小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

「はい、ひかりの病院、受付の早川です。」 「…げほ、よ、予約をとりたくて、…」 「初診でしょうか?お名前を教えていただけますか?」 「…美原、咲希」 「ミハラサキさんですね。紹介状はお持ちですか」 「いえ…げほげほ、」 精神科の受付に勤務している早川麻里子はいつにも増して困っていた。 精神科という診療科で働いている以上、言葉の通じない患者や理不尽にキレる患者は幾度となく見てきた。 しかし、今回の患者は明らかに重症そうなのが電話越しにもわかった。 もっとも、声が出て

    • 過呼吸になりそうだ。/ 美原咲希(中の人)の日記 

      明日、愛ひかり病院から転院する。 私は、難治性のうつ病を患っている。 愛ひかり病院で、9ヶ月ほど入院し薬物療法とカウンセリングを受け続けてきた。 変わらなかった。何も。 私の心は死にたいままで、見える世界は暗いままで、そんな私に主治医の先生は、もっと大きい病院に転院して「電気けいれん療法」を受けるように言った。 それが何かもわからない。明日寝る場所がどこであるかも。 怖い。変化が怖い。死にたい。過呼吸になりそうだ 明日、私は、

      • 7歳__心因性頻尿/小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

        「何度言ったらわかるの!!」 母親の希代は、台所のステンレス台を叩いて怒鳴った。 「ごめん…」咲希はピアノの前で涙を堪えていた。 次のコンクールの課題曲を練習しているのだが、テンポが速くてつい指が走ってしまう。 左手の甲を血が出るまでつねると、涙が堪えられることを咲希は7歳にして知っていた。 「そこは三連符でしょうが!わかってるの!?」 希代は半ヒステリック状態だった。 咲希がピアノの練習を始めてから、とうに3時間が経過していた。 「うん…ごめん、ちょっとトイレ行ってく

        • 6歳__「東大医学部に行きます」/小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

          美原家は、至って普通の一軒家である。 母親の希代は専業主婦なので、咲希が下校した時はいつも希代が出迎える。 「咲希、おかえり。」 「ただいま…」 「どうしたの。元気ないじゃない。」 咲希の桃色のランドセルを受け取りながら、希代が声をかけた。 「今日の宿題、作文なんだ…将来の夢について、だって。」 咲希はランドリーで手を洗い、服を着替えた。 咲希の小学校は私服登校だが、美原家では、帰宅したら必ず綺麗な服に着替えること、という決まりがあった。 「あら、咲希、作文得意でし

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        プロローグ その患者は、生きていなかった。/小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

          5歳__ギフテッドでサイコパスな女の子/小説【その患者は、「幸せ」を知らないようだった。】

          「ねえ、咲希。これ、やってみない?」 居間でロゴブロックを組み立てて遊んでいる咲希に、母親の希代が後ろから声をかけた。 希代は一冊のドリルを手にしていた。赤い表紙に金文字の、豪奢なデザインの本だった。 「賢い子のための…パズル?」 「そう。咲希ってやっぱり、他の子と違うと思うの。なんでもいうことを聞くし、手もかからないし、もう漢字もたくさん知っているでしょう?だから、咲希にはもっと賢くなってほしい。」 希代は目をキラキラさせながら語り始めた。 「お医者さんとか、かっ

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