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一人暮らしで本当に恐ろしいものはね…他人ではなく己なのよ…

私、ヌマルネコはたいそうズボラである。
息子の保育園の可愛い先生に「次男ちゃんはお肌が弱いから下着を裏にしてらっしゃるんですかね?」と心配されて、ただ脱いだまま洗ってるとは言えず「表が出たら当たりの日です!」と言うくらいにはズボラである。

それでも、家族との共同生活の中で常に自分を律している。なんてったってまず、朝起きているし。
夜に寝ているかと聞かれれば、来世で中村倫也と結婚するために徳を積みまくってる私は黙秘を貫くが、自分に出来る最大限かつ他人にとっての最低限のいい加減さレベルで生きている。

これが一人暮らしだったらどういうことになるか。
前々回の投稿で触れたように、私は学生時代一人暮らしをしていた。

一人暮らしは夢であった。
私の母親はテーブルに1分以上置かれてるものがあると問答無用で回収していくキチントさんである。
なぜその母の股から私がBornしたのかはダーウィンもメンデルも頭を抱えてしまう遺伝の謎ではあるが、水飲んだコップなんて最後の水深1センチ入っていてもすーぐ回収されてしまう。中身がジュースのときはこちらも必死だ。おちおち味わってなんかいられない。

私は「エコのためにコップを使い回し続けているのだ」と、正当極まりなく聞こえの良い理由を提示するが、どうも高度経済成長期を生きた団塊世代の末裔には理解を得られず、幾度にもわたる攻防の末、しまいには「早く一人暮らししろ」と進学の背中を押してくれたものだ。私の勝利。


そんなこんなで、黄砂降り注ぐ温かい春の日、私は一人暮らしをはじめた。
(関西の黄砂がえげつないことを知らず、「気持ちの良い朝モヤの空気だなぁ、京都はやはり風情があるなぁ!」と窓全開で深呼吸していた話はまた別の機会に。)

なにもかも自由だ。好きな時に好きなだけYouTubeを見て退屈を愛で、ゴロゴロできる。惰眠を貪り、目覚ましを使わないで起きること以上の幸せなんて今生に存在し得ない。

机どころか床に何を置いてたって母のお小言は飛んでこない。(すばらしい!!!)
細い廊下には開封途中で投げ出して立てかけたままのこたつ板と新学期に買った教科書の山と"置き場に困る物ランキング殿堂入り"の鞄が置かれていたが、トイレに行くだけでももも上げのトレーニングになって極めて健康的だった。片付けるモチベーションなど一生かかっても湧かない、湧くはずもない。

そして、その夜もいつものように2時過ぎまでYouTubeサーフィンを決め、頭を駆け巡る軟式globeのリズムに身を任せ、軽く馬ステップでトイレへ向かった。

開く気配の無い教科書の山を跨ぎ、トイレに体を滑り込ませ、扉を閉めたその時だった。


ガガッ…!!


扉の向こうで何やら大きな音がして、誇張抜きで飛び上がった。お小水を漏らしたに近かったが、まぁ、そこはトイレに座ってたので結果オーライ。

なななななんだ侵入者かいや玄関鍵締めてたはずだしでも待てよ本当に締めたっけか今日家から出てないからわからんけどでも玄関のドアの音はしなかったぞこんな壁薄いアパートで隣の部屋の屁の音も聞こえるんだから無音で侵入なんて出来るはずないし、え、ちょ待てよ、一人だと自分で確かめなきゃならんのかコレこええええええよおおおおおお!!!

(この逡巡約2秒)

息を殺し廊下の気配を探る。全く何も聞こえない。相手も聞き耳を立てて居るようだ。

ここは一人と思われてはいけない!!!

「ちょっとぉ〜せまいよぉ〜(ウフフッ)」
(ユニットバスのシャワーの水ジャーーー)
「んもうっ!出しっぱなしぃー!」
(耳を澄ませながら)
「私も入れてよぉ〜♪」

どうだ!けしからん奴らだろう!これは変質者もこっそり退散するだろう!
…と思ったところで玄関の靴は私のしかないことを思い出した。変質者には私が一人でウフウフしている変なやつと思われたかな。恥ずかしい。

いや、待てよ。
変質者は変質者を襲わない。目には目を。ハンムラビ法典。私は渾身のキモアレンジを効かせ、剣道部で鍛えた声量でさっきYouTubeで見てたモー娘。の抱いてHOLD ON ME !を歌った。けっこうキモくできた。「ねぇ笑って?」の破壊力は凄まじい。どうだ。

…何も聞こえない。

そりゃないだろー
反応してよー
はずいやんー
てめぇの方こそ面見せろや

なんか気が大きくなったので、不審者をビビらせてやろうとドアを思いっきり勢いよく開けてやった。

すると、隙間2センチほどでガッ!!!と引っ掛かり微動だにしない。

あ…

先程まで私が戦っていたのはコタツの板だった。

な、なんだ…
さっきのいらんかったやん…
はっず…

…ふぅー(深呼吸)

安心したところでコタツ板をどかして出ようとする。
でもね、コレがまたしんどい。指しか出ない隙間でガッチリハマったコタツ板を持ち上げるのしんどい。てかびくともしない。
あれ?これ、死じゃね?死ぬやつじゃね?
いや、冷静になれ。ここはユニットバス…水は湧き出てくる。人間は水さえあれば2週間は…ーーっと!ここはめ殺しの窓から日が入ると灼熱になるんだった!初夏の日差しはちょっとヤバい。

ユニットバスを見回す。
私はかつて午後のロードショーで見た刑事コロンボを思い出していた。監禁された花嫁かなんかが何かを何かに塗りつけて金具を外して脱出を試みるやつ。記憶の黒塗りがすごい。その時の微かな記憶からの見事な頭の回転で、シャンプーをシャワーカーテン用の竿の壁にくっついてるところに塗ったくって取り外しを試みた。サバイブできるのは機転の利く女。そして案外すんなり取れた。たぶんシャンプーいらなかった。

隙間から竿を伸ばし、両手の指力で手前のコタツ板に差し込み、脱出を試みた。竿を落としたら終了。できれば扉をぶち破りたくない。火災保険の補償じゃないから。
ツンツンすること幾数分。幸運にも"置き場に困る物ランキング殿堂入り"の鞄にひっかかり、手首まで出せる隙間が生まれ、若干腕がズタズタになりながらコタツ板を持ち上げる事に成功した。

扉を開けると、窓の外の空が白んでいた。朝だ。美しい朝もや。

…あれだな、今度からトイレは開けたまましよう。
廊下は片付けないまま、私は扉全開でとりあえずうんこしにトイレにもどった。


あれから十数年。今も私はトイレの扉は開け放している。
旦那はそれはちょっと…と言うが、これはズボラではなくズボラに生きるための知恵だ。
愛する息子たちには、いつかこの恐ろしい体験を伝えていこうと思う。

沼る猫

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