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金の角と木こり

 金の角を持った鹿が木々の影に消えた。木こりは木漏れ日の当たってきらきらする角の輝きに目を奪われ、木々の影を覗いた。木こりはすぐ、あの角を手に入れたいと思った。けれど、覗いた先に鹿の姿はなく、若い娘がひとり、湖のふちに横たわっていた。やすらかに眠っているらしかった。寝息は優しく、まだ心もとない胸が呼吸のたびにゆっくりと上下していた。
「お嬢さん、お嬢さん」木こりは声をかけた。池の娘をほんとうにかわいいと思った。
 木こりの声に揺り起こされるようにして、娘は長いあくびをした。
 眼のふちには涙の膜がいっぱいたまってきらきらした。朝の光を受けていた。
「ここいらで、金の角を持った鹿を見ませんでしたか」
「いいえ、見ておりませんわ」娘は云った。すきっとした、澄んだ水のように美しい声だった。
「わたしはここで眠っておりましたもの。どうして見ることができますか」
「うん、たしかにそうですね。ではお嬢さん、あなたはどうしてこんなところで眠っていたのですか。森の獣を恐れなかったのですか」
「そんなことより、どうしてあなたは金の鹿を探しているのですか」
「ひと言お礼を申したかったのです。わたしはこの山の恵みによって生かされてきました。偶然にも先ほど、この森の主である金の鹿が木々の側を通ったのを見かけたものですから……」木こりは話した。
「うそつき」そう云って娘は頬を赤らめた。どこかで鶏が鳴いた。鹿が木こりを見ていた。

 木こりの妻が夫が数日戻らないのを心配して、村の何人かを連れて山へ探しに出た。
「いたぞ、いたぞ」手分けして探していたうちの、湖の方へ向かった者が叫んだ。
 木こりは湖のふちで気を失っていた。異様な光景を気味悪がる村人たちの後ろで、すぐ娘の声がした。あの、澄んだ水のようなうつくしい声が。

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