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仲良くなるには

「仲良くなるには、共通の敵を作ることです」
 三日月のようにうつくしい弧を描くふとい角をゆったりと左右に揺らしながら、悪魔はささやく。午前四時の自室で、幼馴染に振り向いてもらう方法を訊ねた。街灯の青白い微光が差す仄暗い箱の中で、悪魔の口から乾いたわらいが漏れる。
「そうか、そうすれば……」
 だが、どうやって。
「どなたか、嫌いな人はいらっしゃいませんか」
「嫌いな人……」いる。隣のクラスの堀倉。
 そいつは幼馴染と部活動が同じで、二人で親しげに話しているところをよく見かけた。恰幅のいい体躯と切って開いたような鋭い目線は、思い浮かべるだけでも忌々しい。
「では、その堀倉さんを共通の敵にして差し上げましょう」
「できるのか、ほんとに」
 悪魔はまた乾いたわらい声を出すと、お任せください、と言って夜の黒と混ざって消えた。
 翌日。堀倉が幼馴染を襲った。堀倉は補導され、幼馴染は次の日から学校に来なくなった。
 家にこもりがちになった幼馴染は自分の前にも姿を見せなくなった。しつこく様子を見に行くうちに少しずつ信頼されるようになり、お互いの距離が縮まった。その間、あの悪魔は姿を現さなかった。
 
 十年後。その一件など忘れて仕事に打ち込んでいた頃、帰宅すると玄関で男が血を流して倒れていた。恰幅のいい体躯に鋭い目つき。見間違うはずもない。堀倉だ。十年経ってもその容貌は変わっていないらしい。異様な光景が広がる中、妻の名を呼ぶ。
 妻は、幼馴染はダイニングにいた。包丁を持って床にへたり込み、放心していた。手にした包丁の先には、血の点々が血がなまなましく円を描いていた。
「睦まじい二人は共通の敵を作り、ついに遠ざけました。そうして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」めでたし、めでたし。
 耳許で聞き覚えのあるわらい声がした。ふとい角をゆらゆら左右に揺らす、あの乾いた声が。

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