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【超短編小説】プラネタリウムの建造者たち

(注)これはずいぶん前に自分のブログに掲載した短編小説です。愛着がある作品ですので、ここに再掲することをお許しください。

この町にはプラネタリウムが多過ぎるという外部の人々の批判を、私たちは決して軽んじているわけではない。まして私たちがそれに気づいていないふりをしているという非難は的外れもいいところだ。この町に住む私たち以上に誰がこの現状を憂い、深刻な問題として受け止めるだろうか。この町を歩く時、私たちは実にたくさんのプラネタリウムを目にする。あのすべすべしたドーム状の屋根の数々は、まるでシマウマの群れか何かみたいに向こうから進んで目に飛び込んでくる。それらがあまりにたくさん存在するために、私たちはスーパーに入ろうとして、あるいは薬局で目薬を買おうとして、あるいは映画館で待ち合わせをしようとして、間違ってプラネタリウムに入ってしまう。

こんな事態を招く前に、なぜもっと早く手を打たなかったのかとあなた方は問うかも知れない。けれども私たちとてこれを座視していたわけではない。かつてはこの町もプラネタリウムのことなど聞いたこともない、平和で眠たげな、どこにでもあるような町だった。最初のプラネタリウムができた時、私たちは物珍しさに惹かれてぞろぞろとその中へ入っていった。そして頭上からのしかかってくる燦然たる星空に圧倒され、この小さな建物の中に広大な宇宙がそっくりひとつ収まっていることに驚嘆したものだ。もしかしたら子供たちの方へそっとかがみ込み、熱っぽい囁きで大熊座と白鳥座の位置を教えることさえしたかも知れない。

そのことがプラネタリウムの建造者たちに何らかの示唆を与える結果になったとしたら、それは遺憾なことである。ある人々はそう主張し、ある人々は反対する。本当のところは誰にも分からない。しかし三つ、四つと立て続けにプラネタリウムがオープンした時、私たちもさすがにこれはおかしいぞと思った(しかもまだまだプラネタリウムの建設は続行中だった)。私たちはいくつかの建設現場を視察し、作業員たちが全員同じ藍色のツナギを着用し、胸には銀色の五芒星形ワッペンを付けていることを発見した。間違いなく、これは制服である、そしてそれは彼ら全員が同じ組織から派遣されてきたことを物語っている。私たちはその足で市長の家に押しかけ、取り締まりを要求した。最初は渋々聞いていた市長も、最後にはこう言った。「これは何か、ウラがあるかも知れんな」

この件が市議会で取り上げられたせいで、藍色のツナギを着た連中は早晩姿を消した。建設中のプラネタリウムは放置された。しかし安心するのはまだ早かった。プラネタリウムの建造者は(それが誰であるにせよ)執念深い性格の持ち主だった。ほどなく私たちは、新しく建設される駐車場、新しく建設される公園、新しく建設される競技場、新しく建設される中古車センターが、出来上がってみると実はプラネタリウムだったという奇怪な現象を多々目撃することになった。言うまでもなく、これは犯罪的な偽装行為である。働いている作業員も藍色のツナギではなくてんでばらばらの格好をしており、もはやそれがプラネタリウムの建設現場であるかどうか見分けることは不可能だ。この分では建設許可証も偽装に違いない、と私たちは考えた。そして再び市長宅を訪れた。しかし市長は言った。「私にどうしろと言うんだね? 彼らはみんな許可証を持ってるし、建物を作る行為を全部禁止するわけにはいかんじゃないか」

市長がプラネタリウムの建造者たちから政治献金をもらっているという噂を私たちは思い出したが、どうしようもなかった。こうしてこの町は建造者たちの手に落ちた。彼らのなすがままになり、蹂躙されたのである。私たちが絶望に立ち尽くしているうちにひとつ、またひとつとプラネタリウムが増えていった。彼らはこの広いとはいえない地方都市のあちこちに、着々とコンパクト・サイズの銀河系宇宙を埋め込んでいった。まるで自分たちが天空の使者であり、この地上の掟には縛られない特別な存在だとでも言うように。ますます多くの人々がプラネタリウムに通い、ますます多くの人々が宇宙の深遠に吸い寄せられた。人々は暗がりに身を沈め、無限の彼方に目をこらすことを覚えた。星座の名前とその位置関係を頭の中に刻み込んだ。宇宙の神秘に思いを馳せる時間ばかりがどんどん長くなり、一方で現実世界との接点は見失われていった。

危機感を覚えた私たちは、手分けしてあちこちのプラネタリウムに潜入し、そこで何が起きているかを見定めようとした。やがて不審な人物の出没に気づいた。彼らは一人ではなかった、しかしあたかも一人であるかのようにその外見は似通っていた。彼らは燕尾服を着て、シルクハットを被り、ステッキを持っていた。子供と見まがうほどに小柄だった。高齢で、往々にしてカイゼル髭をたくわえていた。そして胸ポケットには年代物らしい懐中時計を入れていた。通常、彼らはどちらかというと端の方の席に座り、思慮深げにプラネタリウムの中を見回している。天井のスクリーンいっぱいに映し出された星空よりもそれを眺めている観客の方に興味があるというように。とりわけ子供の姿を見かけた時、彼らの目は輝きを帯びる。星空を見上げる少年、時には少女のそばにそっと忍び寄り、その耳元に何事かを囁きかけようとする。それはまだまっさらな白紙である子供たちの心の中に、プラネタリウムへの歪んだ愛を注ぎ込むこと以外にどんな目的も持たない。この子供たちが大人になった時、もっともっとたくさんのプラネタリウムでこの地上を埋め尽くせるように。

そうだとすれば、彼らこそプラネタリウムの建造者であるに違いない。私たちは色めきたった。そして不審者の捕獲を試みた。プラネタリウムの暗闇の中で、彼らの一人をこっそり包囲した。もう大丈夫だ、そう思った瞬間、シルクハットの男は椅子から転がり落ち、脱兎のように逃げ出した。唖然とするほどのすばやさだった。燕尾服の裾を翻し、高齢にもかかわらずその姿は身軽なツバメのようだった。私たちは大声をあげながらその男のあとを追ったが、やがて見失ってしまった。彼の姿はプラネタリウムの入り組んだ通路の奥、迷路のように立ち並ぶ扉のどれかの向こう側に、虚空に燃えるセントエルモの火よろしく消えてしまったのである。

これ以上、私たちにできることは何もない。この町には冷たい霧にも似た敗北感が広がっている。私たちはまもなく、彼らの一部となるだろう。それぞれがプラネタリウムの管理人、案内係、売店の売り子、ビラ配り、清掃業者などとなって暮らしを立てるようになるだろう。それ以外に方法はないのだ。そして毎日、この町を訪れる観光客たちがプラネタリウムに入っていくのを眺める。彼らは嘆声を漏らし、歓声を上げる。その声は、やがてひとつの甲高い叫びとなって私たちの無力な夜の夢を満たすだろう。あるいはセイレンの歌のように空気を震わせる哄笑となって、私たちの頭上に広がる星々の世界に、いつまでもその空ろなこだまを響かせるだろう。

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