オーバーコンプライアンスの弊害


■カンヌに行ってきました!


先日、フランスで行われたカンヌ広告祭に行ってきました。
コロナが完全に明けて、日本からも多くの方が視察に訪れていました。

弊社からも1人、27歳の若手社員を連れていきましたが、
とてもいい刺激と人脈を作ることができて、非常に有意義な視察になったそうです。

せっかくなので、今年のFILM部門のグランプリを紹介します。

<Apple iPhone 14 | R.I.P. Leon>


iPhoneのメッセージ機能は、送った後でもすぐに取り消せるから安心して。
という機能訴求CMでしたが、さすがApple。
ウィットでユーモアに富んだ設定。 音楽やコピーのセンスが抜群です。
なにより、とてもシンプルな設定で、制作費もそれほどかかっていない!笑

今年は原点回帰というか、Goldを受賞した他の作品でも、 シンプルな構成が多く、よくカンヌ文脈といわれる「最初は何のCM?」という入りから、最後のコピーで落とすというCMが多く受賞していたことが印象深いです。

日本のCMでも、こういうシンプルな構成なら受賞できるかも?と思ったのですが、 今回のAppleのCMでいうと、日本では最初にとかげの死体を写すことが、おそらくダメ。

動物愛護団体からクレームがくるので、難しいのかなと思いました。。
生き返ってるので、いいかもですが、、 最初のインパクトというか、たとえ動物であれ、リアルな死体=即NGということに抗えないと思われます。


■オーバーコンプライアンスとは


ここからが本題です。

「コンプライアンス=法令遵守」

昨今、どの仕事においても「コンプライアンス」が叫ばれています。

もちろん、広告業界においても例外ではありません。
特に、多くの人たちの目に触れるCMに関しては、このコンプライアンスは慎重かつ念入りに求められます。

広告でいうと、

・制作上のコンプライアンス(肖像権・著作権・道路交通法・放送法など)
・労務上のコンプライアンス(下請法・労働基準法など)
・倫理上のコンプライアンス(企業規則・公序良俗・性別、身体的弱者の排除・ハラスメント行為など)

が、対象になることが多いです。

プロデューサーはこのコンプライアンスにおいて、重要な役割を占めます。
特に、制作進行上のコンプライアンスは、さまざまなケースにおいて、企画段階での指摘やリスクの共有を担うポジションです。

つまり、正しく法律を理解していなければいけません。
そのことで、クリエーティブの幅や、制作上でのできる・できないの判断が大きく変わることもあります。

私は、その点でなるべく論理的に説明ができるように心がけていますし、ちゃんとコンプライアンスを意識しながら、日々業務にあたっている方だと思っています。 (法学部出身ということもありますが、、)

その上で。

今回タイトルにもした「オーバーコンプライアンス」という造語。

先に結論からお伝えすると、「コンプライアンス」を正しく理解していないこと=「無条件に、これはダメ!」という一方的な思い込みは、いいものを作る可能性を潰すことがある。

「コンプライアンス」という、今のご時世的に最も上位概念の言葉の強さを盾にして、それ以上の思考停止が起きていないか?ということを、伝えたいと思いました。

コンプライアンスに引っ掛かっていないことでも、必要以上に多方面からケアをしすぎて、クリエーティブやスタッフ、そして働く社員のモチベーションを落としているケースも多々あると思っています。

私はそれを「オーバーコンプライアンス」と名付けています。


■事例1:ロゴ消し問題


CMにおいて、クライアント以外のロゴが映った場合、後処理で消します。

その理由として、いくつかの法的根拠があるのですが、それを正しく理解し、順序立てた工程を踏めば、必ずしも他社のロゴを消す必要がないケースもあります。

この事例は、他社ロゴが少しでも映った瞬間に、無条件で「消してください」という指示を受けることがとても多いので、書いてみようと思います。

他社ロゴを消す理由としては、大きく3つの理由があります。

① 著作権の問題
→ロゴ及びロゴが付いた製品には著作権が発生します。
それを無断で使用することはできません。特にそれがネガティブなイメージを伴う使われ方をする場合は、架空の他社製品を美術で作ったり、ロゴ消しや製品を加工して、特定できないようにします。

② ダブルスポンサーの問題
→放送法で、TVCMはひとつのCMにおいて、2つ以上のクライアントのCMに見えないようにする必要があります。
つまり、もし他社のロゴが大きく映って、その他社のCMに見えてしまう恐れがある場合は、消す必要があります。

③ 礼儀の問題
→クライアント以外のロゴが映らず、すこしでも視聴者に対して、そのクライアントのCMに集中してもらいたいという、礼儀的・気持ち的な部分で他社ロゴを消してあげるという気持ちはわかります。
ただ、厳密にいうとコンプラインスとは関係のない話ではあります。


実はこの事例にとって、大きく問題になる可能性があるのは①の著作権の問題だけです。
②は、抜けに小さく他社ロゴが映ったとしても、明らかにその他社のCMに見えなければ、消す必要はありません。
③の礼儀的な話は、クライアントに対して誠実に説明すれば解決します。

① の問題は、例えばロゴが映った他社に、CMでの使用許可をもらいさえすればよいのです。ネガティブな使われ方をしていない場合は大概、他社から使用の許可がでます。(②・③をクリアしている前提で)

ある案件で、ベビーカーの上に某飲料クライアントの商品を乗せて撮影した案件がありました。当初はロゴを消したり、製品をCGで加工してくださいと言われましたが、そのベビーカーのメーカーに使用許可を頂き、そのまま本篇に使用したというケースがありました。

私がこの事例をとりあげる理由として、ロゴを消すという行為には、余計なコストやスタッフへの不義理が発生するからです。

消すためにエディターさんが一生懸命時間をかけて作業をしますし、そこには当然コストもかかります。また、カメラマンにとっても、画作りの観点から、リスペクトに欠ける指示になることもあります。

制作費がどんどん下がっている昨今、簡単に「ロゴ消して」という指示をするのではなく、他社ロゴが映った場合、どのような対応が適切なのか。
思考を止めてはいけない。

コストやスタッフへのリスペクトの観点で本当に真剣に考えるなら、手間暇を惜しまず、ロゴ消しを指示される前に、やれることがあるのかを考えてほしいなと思います。

同じような事例として、街の遠景で東京タワーを映すと使用料が発生するから、アングルから外してほしいという話も聞きますが、これも著作権的には全く問題ありません。(企画として、東京タワーがキーになっている場合は別です。)


■事例2:道路使用許可=撮影許可ではない。


撮影において、許可取りがされているかという問題は、とても重要です。
無許可での撮影は明らかにコンプライアンス違反です。

ただこれは、私有地の場合です。
公道での撮影の場合、条件さえ守れば、基本的には、全国どの場所でも撮影はできます。

公道での撮影の場合は、三脚を置いたり、車両を止めておいたり、クライアントがモニターを確認したりする必要があり、公道を一時的に使用する必要があります。

その時に必要なのは、「道路使用許可書」です。

つまり、道路=地面に、撮影のためになにかを置く(警備員含む)場合は、 その計画書を所轄警察に届け出て、許可をもらいます。

逆にいうと、道路になにかを置くことを一切せず、 手持ちのカメラで、最小人数のスタッフ。 まわりの肖像権に気をつけて、通行人や隣接する施設の迷惑をかけなければ、 どこでも撮影ができるということです。

よく、「この場所は道路使用許可がおりないから撮影できない」という話を聞きますが、 スタンバイや撮影方法の工夫、クライアントのチェック体制への理解(丁寧な説明)があれば、撮影はできます。

わかりやすい例でいうと、渋谷のスクランブル交差点です。

当然、道路使用許可はおりません。
でも、手持ちのカメラで、だれも通行人がいないタイミングで、クライアントのチェックをその場所ではなくリモートでやれば、撮影自体はなにも法律違反ではありません。

スクランブル交差点=撮影できない!という、それ以上の思考停止によって、 クリエーティブの幅を狭めてしまう例だと思います。
(私は実際に、この事情をしっかり広告会社、クライアントに説明して理解をして頂き、方法論を提示しながら、何回かスクランブル交差点で撮影しています。)

逆に、道路使用許可をとっているからといって、何をしてもいいというわけではない。 あくまで、道路を使用する許可であって、周りに迷惑をかけても撮影して良いということではないので、そこも正しく理解する必要があります。

■事例3:値引きはダメ問題


見積を出した際、広告会社から「値引き表記を無しにしてください」という指示をもらうことが、たまにあります。

主に下請法違反にあたる可能性があるからという理由を言われるのですが、 値引きをすること自体は、下請法には抵触しません。

下請法は、事前に取り決められた発注書の金額から、値引きをすることを禁止しているのであって、(圧力がない)発注書発行前の見積りでの値引き表記は問題ないのですが、 そこを一緒くたに「値引き=ダメ」ということが最近おきています。

むしろ、広告会社にとっては、こちらから出す見積に対して、値引き表記をしないことで、単価を含む改ざん的な指示になってしまうことの方が、問題です。

そして、プロダクションにとっては、単価を変えてしまうと、今後それが通例になり、恒常的な不利益が生じることを恐れます。

私は、ここをとても丁寧にお話ししています。

物理的に単価を変えて出すことはすぐにできるのですが、 それによる不利益の可能性は双方に発生するので、ちゃんと話すことが誠意だと思っています。(でも、めんどくさい奴だと思われますが、、)



■事例4:新入社員はノー残業・ノー休日出勤


大きな会社・しっかりした会社によくある、新入社員は17:30で退社。休日出勤もダメ。という社内ルール。

これは一見、新入社員を守る素敵な社内規定だと思われます。
ただ、多くの新入社員はこのルールで成長機会を奪われています。

特に、プロダクションのような波がある仕事の性質上、大事なポイントがどうしても17:30以降になったり、休日になることがあります。

本当はその大事なポイントをみて、学んでほしいと思うのですが、会社のルールでそれができない。
若手社員が辞めていく理由として、過保護すぎる・怒られない・成長できないというアンケートを見たこともあります。

このご時世、すぐにパワハラ的なハラスメントを恐れてしまう上司の立場からいうと、仕方ない部分もありますし、そもそも社員を守るためのルールに準拠したものではあるので、なおさら言えない。

ただ、労働基準法に準じるならば、法定労働時間さえちゃんと守れていれば、コンプライアンス違反にはなりません。

ここで問題になるのは、新人の気持ちや意欲を「ルールだから」という理由で、無下にすることです。
その代わり、翌日の出勤を遅くしたり、代休をとったりすれば、問題はありません。

むしろ、新人の教育のためにしっかり説明した上で、本人の意思を尊重するという工程をふめばいいだけで、お互いの関係値が築けていることが重要です。

一律のルールにするのは、ケースバイケースで非常にデリケートだから。

私はちゃんとその理由を上に説明して、新卒社員でも場合によってはそのルールを超えて、残業や休日出勤をお願いしていました。

もし社内ルールを盾にして、上に話すのが面倒くさいからという理由で上司が努力していないならば、若手はやめていくと思います。なぜなら、大事にされているようで、本当の意味で大事にされていないと感じてしまうから。

コンプライアンスと若手社員の成長文脈のバランスを考える。
臨機応変な対応ができない=ルールを守るということが第一になってしまったがゆえの思考停止が引き起こす問題だと思っています。

キープロでは新卒社員に対して、他の社員と同じように、なるべく最初から最後まで同席をお願いしています。もちろん、体調最優先で。

常に自分もまわりの社員も、期待をしている意味を込めた「声かけ」を意識しています。結果、成長スピードはかなり早いと実感しています。


■おわりに


昨今、クレームやSNS上で炎上する事例のほとんどは、コンプライアンス違反です。

広告である以上、そこは絶対に避けるべきで、リスクの可能性をとにかくゼロにしたいと思うのは当然です。
私もプロデューサーとして、そこを非常に気にしながら仕事をしています。

クレームに対するクライアントの耐性というか、スタンスはそれぞれなので、ここでは言及しませんが、少なくとも制作過程における正しいコンプライアンスの理解はプロデューサーが責任をもって進行すべきです。

同じように、クライアント・広告会社の中でコンプライアンスのチェックを司る役職の人も、同じように理解してもらいたいと思っています。
そうでないと、オーバーコンプライアンスによって、不利益を被る人が少なからずいるから。

思考停止せず、条件反射的にコンプライアンス違反と思っていることが、実は丁寧な説明だったり、手間暇、関係値の構築によって、アウトプットの向上や、若手の成長の可能性が広がることがある。

そんなことが伝わればいいなと思って、書いてみました。

今回も長文、読んで頂き、ありがとうございました。

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