ハンディに囚われない

 2ヶ月半の入院生活を終え、私は元のかかりつけの心療内科に戻った。
入院していた病院から「発達障害の疑いあり」とかかりつけのクリニックにも連絡がいっていた。11月の末から、心理士さんの元で、幾種類かの心理検査を受けた。心理検査の詳しい名称は分からないが、内容としては、覚えている範囲で話してみたい。まず、乳児期から幼児期、小学校から中学校時代、高校時代から大学時時代、そして社会人から現在に至るまでの、聞き取り調査が心理士さんによって行われた。一回に行われる聞き取り時間は大体2時間くらいであった。本来なら、私の両親からの聞き取りも合わせて行われるのだが、事情がありこれは行われなかった。

 一通りの聞き取りが終わると、今度は、問いにたいして5択の中から自分に当てはまる物を選択する検査、それから一つのストーリーを読んで、それに対してどう感じたかを、5択から選ぶという検査などが行われた。この検査も1回2時間くらいかかり、検査の後は毎回疲れ果てていた。
1月の半ばに発達検査が終わり、検査結果は2ヶ月後に分かる、ということであった。

 検査結果が出るまでは日々、なんとも言えないもやもやした気持ちで過ごしていた。
 
 「グレーゾーンならどうしよう?」、「ひょっとして何でもなかったりして。」

 などと、いろいろな思いが駆け巡っていた。

 検査を受けてから2ヶ月後、3月の末、私の携帯が鳴った。
発達検査を受けたクリニックからだった。検査を行ってくださった心理士さんと話す。
 私は早速、「結果はどうだったのでしょうか?」と尋ねた。
心理士さんは「次回の診察時に、検査結果の詳細をご説明します。」との返答であった。

 その感じからして、
 「ああ、もしかしてなんらかの発達障害だったかな?」
と察しがついた。

 診察の日がやってきた。心理士さんの待っている部屋に通され、椅子をすすめられ腰掛けた。
 身を乗り出すように私から、
 「やはり、発達障害でしたか?」
と尋ねていた。

 心理士さんは、表情を変えず、
 「はい、そうです。」と。その一言で、
 私は、「ああ、やっぱりなぁ。」と
 何かがストンと落ちるような思いで聴いていた。
 
 聴く前は、「ショックを受ける。」、「動揺する。」などと思っていたけど、冷静に受け止めることができたのは意外だった。

 「発達検査結果」と書かれたA4の用紙両面に、びっしりと書かれた文字を住まいに戻った後に、じっくりと読んだ。そして何度も何度も読み返した。

 やはり、子供の頃から大人になるまで続いていた「困りごと」の数々はADHDの特徴そのものであった。しかし、意外だったのは軽いASDもあるとのことだった。
 
 結果がでるまでは、ただ漫然と「もしかしたら発達障害かもしれない。」と心に大きく引っかかっていたが、理路整然と書いてある検査結果に目を通した後、「ああ、なるほどやっぱりなー」と妙に納得した。
 
 ADHDの特性として悩まされいるのは、「衝動性」だ。
恥ずかしい話だが、「ご褒美」と称して、クレジットカードを使ってローンを組みいろいろな物を買って散財をしていた。買った後で、冷静になると、

「なぜ、こんな高い物を買ってしまったのだろう?」

という後悔にさいなまれる。次からはやめようと思うのだが、やはり、同じことを繰り返してしまっていた。これだからお金は貯まらないわけだ。
これは所謂「衝動買い」というものだ。

 あと、衝動性として、第三者に指摘されたのだが、
 
 「りべかさんって衝動的に目に入った物を何でも言語化するよね。だから、疲れるんじゃないの。」と。

 この言葉を聞いたとき、なんだか正直もやっとした気持ちになった。

 「きれいな物をきれいって言うことがそんなに悪いことなの?」、「面白い物を面白いっていうことが変なの?」

 なんだか、なんでもかんでも「衝動性」と言われてしまうことが悲しい。
 後日、この気持ちを信頼している方に話してみた。
 
 「それってあなたが感性が豊かだ、ってことだよね。なんでも口に出して言うことがあなたを疲れさせてしまうんじゃないか、って心配していってくれたんじゃないか。」と。
 
 人それぞれ感じ方が違っていて当然である。私は別にADHDである以前に「きれいな物はきれい。」と、昔からよく口に出していってきた。別にADHDの特徴の衝動性は異なる物ではないだろうか。

 私のこういった発言をうるさいなぁ、ウザいと感じさせてしまうかもしれない。それを今後、口に出すことは控えたとしても、
 「きれいなものはきれいだ。」
そう感じる気持ちは変わらないであろう。感性が豊かなことは私自身の個性の一つであると思っている。こういう感性に恵まれた自分は幸せだと思っている。

 発達障害と診断を受けても、私は私であることには変わりはない。それは事実だし、譲れないことだ。そんなことをいうとまた、発達障害の特徴の
「こだわり」と言われてしまうのだろうか。
 発達障害が個性ではなくハンディだとしても、それに囚われて、今まで自分が積み上げて努力してきたことを「できない。」と、生き方を限定したり、狭めたりはしたくはない。できないことを「発達障害だから」と思いたくない。
 
 正直、退院後は福祉制度のお世話になっている。
世の中的には「ハンディキャップ」を持ってるとくくられてしまうのかもしれない。私の周りには、数人の支援者がいる。その方達にお世話になり、助言をいただきながら、金銭管理、整理整頓など自分の苦手を少しでも、克服しようと努力中である。時には失敗したり、窮地に陥ってこういった支援者の方々に心配、迷惑をかけてしまったこともある。

 今後、自身の「苦手」とまっすぐ向かい合いながら、周囲の方々の助けを借りつつ、感謝の気持ちを忘れずに、少しでも、自分が生きやすく、暮らしやすくなるように努力していきたい。発達障害に囚われず、私らしく生きていきたい。

 

 
 


 

 





 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?