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『ガソリン生活』 月1読書感想文 4月
「ガソリン生活」 伊坂幸太郎 2016年 朝日新聞出版
この作品、タイトルの通り(⁉︎)主人公は車である。
望月家所有の緑色のデミオ『緑デミ(みどデミ)』がそれでである。
車をはじめとする自転車やバイクの二輪車や電車など、それぞれの意思を持ち結構みんなおしゃべり好きなのだ。
ちなみに、彼らには人間の言葉が分かりこちらの話をよく聞いているが、残念ながらわたしたちには、彼らの言葉は聞こえない。
近所の駐車場の主は友人であり、ファミレスや信号で一時停車した時にも、車同士噂話や情報交換に余念がない。車内で人間たちが話している事や走りながら見聞きした事を披露し合い、車たちのネットワークらしく噂が走るスピードも速い。
車種によって、何となく受けるイメージ通りの性格の持ち主らしく、緑デミは元気で好奇心旺盛でクルクルと動く若者(?)で喜怒哀楽がはっきりしていて気取った所もない。
堂々たる佇まいで、しかもハイブリット車であるレクサスは、僕たち古くからのガソリン車にとっては、畏怖と羨望の的だった。進化の途上にある、未来の生き物の様でもある。
そっか!ハイブリット車は未来の生き物なのか!
今やEV車や水素をエネルギーにしている車も増えているが、進化の頂点はどんな姿でどんなエネルギーになるのだろうか。
乗り物社会の中でも住み分けははっきりしていて、二輪車たちと車たちは言語が違うらしく言葉が通じない。
隣人(車)の『ザッパ』(所有者の音楽の趣味から来ているニックネーム)細見家所有の白のカローラGTは「タイヤの数が知性に比例する」と言い、大量の車輪に巨大な車両を支えられ長距離を走り続ける電車は彼らの憧れの的である。
僕たち自動車は、加速も減速もハンドリングも自分の意思通りにはできない。運転手の感覚、状況判断、技術、慎重さに全てを委ねているため、過酷で危険な走行を命じられればっそれに従うほかない。速度を落として!もっと注意して!と叫ぶがそれは届かない。となれば、恐怖を消すために意識を失う。人間が危険な運転をしている際は、車はたいがい目を瞑り、気絶しているのだ。
大抵の車は所有者を敬愛し、他の車たちに自分の主人たちがどれだけ優れて素晴らしいのかを自慢し合う。
その反面、いくら彼らに意思があったとしてもワイパーひとつも自由に動かすことは出来ない。車同士の噂話にどれだけ花が咲いていようが、アクセルを踏まれれば話しの途中で前進するしかない。
所有者が乱暴な運転をするタイプの人間なら、彼らは怖い思いをし悲鳴を上げながらも、運転手が切るハンドル通りに動かなければならない。
事故にあった仲間たちを思い、その身を案じたり痛みや恐怖に泣いたり、そんな走行をさせた人間たちに抗議の声を上げたりする。(肝心の人間には聞こえないが)
読み進めていくうちに、いや、そこまで読んでいなくとも、彼らの声に同調している自分がいる。事故で派手に傷ついてしまった車が泣いている様に見えて、心が痛む。
あまりの緑デミをはじめとする車たちが魅力的なため、車のことばかりになってしまったが、もちろん人間の登場人物達も素敵だ。
こんなにも可愛らしい緑デミの所有者たちなんだから、とかなり緑デミに入れ込んだ予想をしたが実際その通りだった。
緑デミの望月家ののんきで善良な大学生の兄・良夫と聡明すぎて小学生とは思えない弟・亨がドライブ中に偶然乗せた女優の荒木翠が、翌日、恋人と車の事故で急死してしまう。
兄弟と母・妹の仲良し家族と、何故か女優を追いかけ回したパパラッチな記者とタッグを組み、女優の死の真相や他の暴力事件、モラハラいじめなどに巻き込まれ、抗い、解決していく。
人間は、ただただ善だけではないし、また悪だけでもない。
さらに善だからだと、ただ平和に時が過ぎるだけではなく、ある日突然無慈悲に悪が襲い掛かってくる事もある。
そんな日々の中でも、車たちは自分の家族たちが大好きで自慢であって、彼らを乗せて走る事をこの上ない喜びとしている。
我が家は車を所有していないが、最近実家ではじゅう数年乗っていた車が引退し、新たな若者がやって来た。
前の車に比べ、丸みを帯びコンパクトで新しい分ピカピカしている。
きっとあの子も緑デミのように、好奇心旺盛でご機嫌に鼻歌を歌いながら母を乗せて田舎の道を走っているのだろうと想像し、思わず口元が緩んだ。
ラストは幸福感で胸がじんわりと温かくなる。
読んでいて楽しく、それでいて考えさせられる部分も多く、何より幸せな気分になる物語だった。
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