天空凧揚げ合戦 4

月は光り星は瞬く。
風ひとつ無い静けさに包まれし夜に、江戸城から一騎の馬が走り出た。
その背には、さながら合戦へと向かうが如し鎧武者を乗せている。

江戸の外れの林を抜け、いずれは街道として整備されいく道へと向かう。

この頃はまだ、江戸から他国への道は荒れた狭い大地に過ぎない。

馬や余程に足腰の強い者でなければ、見事に走り切るのは辛い。

いやしかし、馬といえども何やら苦しげに見える。
その背に乗る武者に問題があるようだ。

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林道に入った頃、ヒューヒューと風は鳴り始めた。
今この夜にある風は、自身が走り切る音だけの筈。
小脇に抱えた槍先を上げる。
その刹那に馬は大きく揺れ、風圧の塊が武者の真横を掠めて行った。

勢いを落としながら何とか馬を振り戻すが、今度は行った風が逆側を狙い帰って来る。

まだ足場の定まらない馬はさらに大きく仰け反り、武者を振り落としていた。

受け身を取り槍を握り直す武者の頭上で風を止める風が起こり、空に留まった人影がゆっくりと目前に降りて来た。

「これが、、天狗というものか!?」

絵草紙で見た気がする。
修験者の身形をし、赤い顔には長い鼻がある。
足には歯が一本だけの高下駄。
手には大きな葉の形をした団扇。

「なるほど、あの団扇で逆に風を起こし天に止まった
 か!、、ならば鉄斎の読みは当たっておるか。」

地に足をつけた天狗は、腰を落として団扇を高く身体の後ろにまで捻り構えた。

鎧武者は槍を構えた。
あの団扇が刀の様な役割りをするはず。
斬り付けに来た刹那に貫く。

しばし時は止まり静寂が訪れる。
天狗が出し抜けに、その手を動かす。
武者はその体が来る刹那を見極めんとす。

「ビビゅビュン!」

が、そんな好機は来なかった。
天狗は一歩も動かなかったからだ。
武士は自分の常識で考えるからいけない。
あの女に言われた事があったな。

鎧武者はそんな走馬灯めいたものを見ながら、道沿いに真っ直ぐ後ろに吹き飛ばされていった。

初めて天狗が片足を膝の高さまで上げ、たたらを一本下駄で踏み、武者へと近付いてくる。

槍は真っ二つになっている。
鎧の胸が大きく裂け、下の着物が見えている。
団扇を振り生み出す風が天狗の刀身だった。

「思い込みで命を落とすか、、無様な。」

武者は独りごちた。

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そこに林の中から天狗に光る物が向かっていく。
天狗も鼻が高かったのであろう。
相手は一人と決め付けていた。
その後ろから隠れて続く一団を見落としていた。

月明かりに跳ねる光が天狗を襲う。
その光に気付き背の羽をバタつかせたが、地を蹴った足に手裏剣が掠めた。

「クワァーグッー!」

天狗って河童みたいに鳴くんだな!?
優雅に籠から降りた中山鉄斎は、そんな事を思った。

籠を担いだのは伊賀忍びの者だ。
後ろにもうひとつ籠がある。

天狗は天高く消えて行った。
忙しなく響いていた羽音も聞こえなくなる。

野郎、しくじりは初めてだな。
だから言ったんだよ。
旦那たちは焦りすぎさね。

鉄斎はほぞを噛んだ。
これでまた面倒になった。

そう思いながら、特別あつらえの重く厚い鎧で立ち向かった柳生宗矩を大したお方だ!とも感じていた。

その時、後ろの籠から松方澪がのんびりと這い出て来た。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n96d1f40bda85


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