残陽 16

「来ぬのか?ならば参る。」

北方新兵衛の剣は堀出葉蔵には緩やかに見えた。
さして武に優れた人生では無かったのだろう。
それなのに自分を仇と求めたのか。
この男の気持ちが分からなくもない。
恵まれなかった想いを息子に託したか。
自分に比べて武の才がある息子に
己の無念を託したのだろうか?

いずれにしても馬鹿げた事だ。
託された方は命のやり取りを定められただけの事。
それは見事に死ねと言われただけの事。
己の覚悟無くして、
そんなものを託されて、
我が子は父に何を思ったのだろうか?

武家に生まれるとは、
そういうものではある。
ただ合う合わぬは人である以上はあるのだ。
争いを好まぬまま家に生きる者もいる。
自分の僅かな覚えには
あの戦さ場で攻め込んだ時
そんな気概と殺意を向けてきた者は居なかった。

先陣なれど功をせく者はいる。
だが使い捨てて良しと思われるから
最前に着かされる者もいる。
北方家はきっとそんな武の評であったのだ。
憤りより畏れと悲鳴を聞いた記憶が過ぎた。

「何故来ぬか!斬れるのであろうが!」

年老いた武士は必死に刀を振るっている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ばたばたと駆ける足音が響いた。
土を蹴る音は夜には澄んで聞こえる。

「待たれよぉ!」

走り込んで来た者は信幸であった。

「うどん屋ではないか。」

堀出は正直驚いた。
全く考えもせぬ事だった。

「親父さん、如何なされたか?」
「御両人、まずは待たれよ。」

肩で息をする新兵衛も
これには驚いていた。

「邪魔をして下さるな。
 何故、止めようとなさるか。
 儂は息子の無念を晴らさねばならぬ。」

信幸は新兵衛をじっと見た。

「それは偽りで御座いましょうや!」
「無礼な!」
「貴方は自分を罰しておられる。
 御子息の死を自らの責と思われておる。
 そうで御座いましょう?」

堀出も合点が行った。
自分に立ち向かい、
よしんば斬られたとしても、
それは全て息子への詫びとする事が出来る。

「馬鹿馬鹿しい!
 拙者を己が武士の面目に使うか!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

北方新兵衛は呼吸を整える為に上下させていた肩を
今度は湧き上がる笑いで震わせた。

「何を笑われるのか!
 そんな事に他人の命を賭けさせておいて
 何がおかしいと言うのか!」

堀出は激しい侮辱を感じていた。
斬り捨てれば良かったと後悔した。
人の、親の情も分からぬでは無いと
如何に剣を引かせようかと思案した事を恥じた。

「この様な痴れ者であったか!
 なれば最早容赦も要るまい!」

堀出の目が座った。
信幸にはそれが合図と分かった。

「待たれよと申しておる!
 双方、剣を引かれよ。
 此度の儀、これ全て無意味也!」

無意味
確かにそうではある。
が、命を賭した者たちには
分かり得ぬ言葉ではあった。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/nad9f1346faf7

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?