残陽 17

「この老ぼれに他に何が出来ると言うのか。
 無意味?無意味であろうや。
 されど他に何がある。
 命を賭け、命を捨て、命を狩ろうとせねば、
 儂にはあの世にも居場所が無いわ。
 これを笑わず、何と為すや!」

「無意味は明白!
 されどこれ程までに愚弄され
 茶番に巻き込まれたとあっては
 無意味と済ます謂れもなかろう!」

「御両人!まずは聞かれよ!
 俺もあの関ヶ原の先陣に居た!
 俺はそこで友を殺したのだ!」

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「敵方に友が居られたか。」

「違う!味方だ!」

「味方と?
 同じ陣の味方を殺したか?」

「戦さ場は、この世の事とは思えなんだ。
 迫り来る槍は恐れしか生まなかった。
 俺は、、錯乱した!
 怖くて、怖くて、無意味に
 ただ刀を抜き、ただ振り回し、
 ただ前に前に、、、」

「初陣であられたか。
 我が子も、、震えておった。」

北方新兵衛がやっと平静を戻した。

「錯乱し止めた友を斬ったのだな。」

「斬った!斬ってしまった!
 、、、、、
 幼き頃より一緒に育ち
 共に剣を競い、、妻の兄であったのだ。」

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「何と!義理の兄を殺めたと申されるのか。」

新兵衛は目を剥いた。

「俺は、あの時、何も分からなくなっていた。
 ただ迫り来る黒いうねりに抗い、死から逃げ、
 妻の紫乃に生きて会いたかった。」

堀出はゆっくりと目を己の爪先に向けていた。

「分からずとも無い。
 戦さ場とは綺麗事では無い。
 拙者たちは皆、死を斬り伏せていたのだ。」

「死と申されるか。
 死とは?我が息子が死を呼ぶと、、、」

信幸は二人の狭間に立ち塞がったまま続けていく。

「戦さ場に立った者にしか分からない!
 敵方は人では無く
 武士とは死を運ぶ者でしかなく
 もはや現世のものとは思われなんだ。

 だから、俺は友を殺してしまったのだ。」

堀出がふっと小さく息を吐いた。

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「だが、その故を持ちても
 儂はもう引けぬのだ。
 親父さんも御内儀の仇と言うなら

 儂はその無念が分かる!
 刀も持たずにこの場に来たは
 同じ想い有ればこそであろう。

 全て儂が引き受け行くしかなかろうよ。」

「馬鹿を言うな!
 己が想いを周りの者に当てるなぞ!
 其方、狂うておるぞ!

 皆が同じでは無い。
 武士であろうとも同じでは無いのだ。

 我らは皆畏れたでは無いか
 あの戦さ場に漂う風を!匂いを!

 だが世には、それにて天下を掴む者もおる!」

「その通りだ。

 そういう連中は違うのだろう。
 あの中で畏れでは無く、、
 あの中から生まれ出るこの世ならざる物を
 力と見てその手に捕まんとする者なのだ。

 武士とはそもそも俺たちとは違うのだ!
 天下人とは、人とは違う者なのだ。

 そうであるならば、
 最早終わった戦さに囚われる謂れは
 俺たちには無いのだと思う!

 今ある命を捨てる謂れは無いのだ!」

信幸は泣いていた。
その姿を少し離れ、紫乃は見ていた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/ndc993671e80d

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