summer is transparent

イベントが終わった。
彼女の周りには、それまでのファンとは別の、久しぶりに会う関係者や友人が押し寄せている。

「美佐ちゃん、綺麗になったわね。」

地方のホテルのイベントスペースを使った会場は今日1日貸し切りで、この後は簡単な打ち上げ会場になる。僕はその間に、運び出せる物を車に乗せる係だ。
とは言っても持ち込んだ物は、そんなには無い。
これまでの彼女の著書を並べ、ポップアートを額に入れて飾り付けたくらいだから、充分に終わる。

「このホテルを舞台にした物語、良かったわ。」
「今までと恋愛描写が変わったわね。いい恋をしてるんじゃないの。」

着飾った友人達は今夜はこのホテルに泊まる。
ただ小説家である小幡美佐とスタッフの僕は、車で東京に帰る手筈になっていた。

「ありがとう。イメージが先に立っちゃって、それから舞台になりそうな場所を捜したの。」
「そうなの?最初からここを想定してたのかと思ったわ。それくらいピッタリよ。」

口々に沸く賛辞に美佐は笑顔を絶やさない。
そして皆、手には各々の好むグラスを持っている。
宴もたけなわってやつだ。
僕はその風景を見ながら、不意に綺麗だと思う。
飾られていたポップアートは彼女の小説の表紙に使われているものだ。内容を汲み取った上で、少し柔らか目の絵になっている。

「今日飾られてたのは、表紙の原画だね。」
「毎回オシャレよね。」
「あたしの物語は、いつもこの絵から始まるの。」

本の初版やその絵を痛めないように運んでいた自分が、気付くとサイケデリックな色彩に支配された気がする。その手に、服に、顔に、ベタベタと絵の具の色がランダムに染み付いたみたいだ。
そしていつの間にか、自分の服がボロボロで、身体に纏わりついているだけに見えてきた。

「新しい物を。クリエイターは常に今には留まれないんだ。」

荷物も積み終わり、後は宴が終わるのを待つだけになった。僕は、僕の新しさを求めよう。
美佐の笑顔は、今日はとびきり華やいで見える。
この場所、この時間、この光。
ここでしか生まれない瞬間。
写真みたいに切り取りたくなる。

楽しい時間はあっという間に過ぎて。
だからこそ思い出は、光や匂いを伴っている。
同じ様な輝きに出会った時、人はそれを美しいと思い出し、噛み締め、また次の感動に出会おうとする。

「お待たせ。」

美佐が後ろから抱きついてくる。

「寂しかった?こんなトコで1人でタバコ吸って。」

僕はテラスの喫煙スペースで夜を見ていた。
タバコの匂いが吹き飛んだみたいだ。
言葉は甘い香りがするって、知ってる? 

「一緒にいてくれて良かったのに。あたしは皆んなにも紹介したかったよ。」
「ちょうど、ひと仕事終えたトコだよ。」
「えっ?片付けは早くに終わってたでしょ?」
「違うよ、僕の仕事さ。」

僕は出来上がったばかりのスケッチを見せた。
ホテルのスペース、光、楽しげな雰囲気、そして美佐の笑顔。その一瞬を僕は自分の絵に落とし込んでいた。

「わあー、素敵。」
「やっぱ、一泊したかったかな。」
「どうしたの?」

美佐の方が先に世に出て、僕はそれに釣り合うまでは裏方でいようと思ってきた。美佐の名前で売れるのも違うと思ってきた。だから帰ろうと言ったし、美佐も頷いてくれた。男のつまらない意地だね。

「んー、ここにしか無い時間を楽しむのも、新しいイメージを生むかなあって。」
「最上階の部屋、空いてるよ。」
「そうなの?」
「ホテルの人がね、疲れて帰りを伸ばしたくなったら使っていいように、って。」
「泊まる?」
「泊まる!」

美佐は嬉しそうに僕のスケッチを、夏の夜に高々と持ち上げて見つめている。

「ねえ、この絵から、また新しい物語が生まれそう。お部屋で乾杯しよ。」

きっとこの夜から、僕と美佐の物語は深くなる。
明日の朝、美佐の友人達と顔合わせたら、
きっと2人の形は変わっていく。
僕のつまらないこだわりは、きっとこの夜に溶け込んでしまったんだ。

よく澄んだ夏の夜のキャンバスには、自然体の2人の笑顔が透けて見える様な気分なんだ。


Fin



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?