残陽 8

「こいつあーすげぇな!」
「これを作ってくださるのか?」
「まあ、勇さんならやっちゃうやねえ。」
「へへ。任せろ!」

信幸は勇也に誘われ、中山鉄斎の鍛冶屋に来ていた。
鉄斎の引いた図面を見せられ、正直驚いた。
屋台には大八車の車輪が付き、支えを広げて小さな店になる様になっていた。

「切り麦が売れる様になったら
 目の前で打って見せるのもいい。
 だからしっかり支えられる様に作ったぜぇい。」
「流石は鉄っあんだぜ!」
「でよお、この七輪をここに置いてな。
 こう湯を沸かすって寸法よお。」

こんな凄い物をこの人は
縁の無い自分の為に、、、
信幸は胸が熱くなった。
この若頭も
仕事の役にも満足に立たなかった者の為に、、

「有り難い。」
「よお!あんた、もう侍じゃねぇんだろ?
 その喋りは良くねえ。」
「はあ、、」
「あんたはもう江戸の者だ。
 こういう時ゃあなあ。
 ありがとう!って言うんだぜ。」
「そうだぜ、元お侍さん。
 町に溶け込まにゃあ、商売人にゃあ
 なれねぇぜ。」

勇也と鉄斎が口を揃えた。

「そ、そうか。
 ありがとう。」

勇也がにやりと笑った。

「それでいい。」
「失礼かもしれないが
 お二人は何故にこんなに良くして下さるのか。」

勇也と鉄斎はぽかんとした。

「何故ってかい?」
「勇さんよ、こちらは今までお侍をしてたんだ。
 手柄の為なら平気で他人を売るのが
 お侍ってもんよ。」
「あーそれでかあ!
 あんなあ、町に生きるってのは
 助け合いだ!」
「助け合い。」
「そうよ!
 皆んな一人じゃ生きてけねぇ。
 だが
 皆んな生きてかにゃあならねえ。
 だから、助け合うのよ。」

信幸は何とも言えぬ感情を胸に抱いた。

「あんた、名前わ?」
「田原信幸と申す。」
「はは。堅苦しいってよ。
 じゃあ、これからは信さんな!」
「おいおい、勇さん。
 名前も知らなかったのかい?」
「あっ!言われてみりゃあーそうだな!」

勇也は豪快に笑った。
釣られて鉄斎も声を上げて笑う。

「だってよ、顔は覚えてたからよお。
 まあ、知ったあ奴だろ!」
「信さん、この勇さんはな
 一度会った奴の顔は覚えてんだよ。」
「まあ商売柄よ。
 一度でも自分と仕事した奴が
 何か悪い事でもやらかしたら
 嫌だからなあ。」
「へへ、お節介なんだよなあ。」

鉄斎が笑う。

「俺はお武家様の刀なんざも扱うが
 やっぱりどこか割り切ってる。
 情ってもんは町人とは比べ物にならねえ。」

情かあ。
確かに田舎の暮らしにはあった気がする。
あの夕陽の中で笑い合った仲間内には。
慎之介、、、
済まぬ、俺はお前の分までも。

「後な、これな。」
「これは?」
「あんたの刀を捌いた金だ。」
「いや!手間賃も足りぬと、、」
「まあな。
 だが商売するにゃあ、まず物が要る。
 味噌やら器やらよお。
 そいつに使いなよ。」

信幸はじっとその手に渡された
幾ばくかの銭を見入った。
銭とはこれほどまでに
暖かい物だったか。

「あの!」 
「おう!何だ、信さん。」
「明日の夕刻、我が家に来ては頂けまいか?
 いや!明日、俺の家に来てくれ!」

信幸は久方ぶりに笑顔を見せていた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n89ef3ac23d4e


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