天空凧揚げ合戦 5

伊賀忍びが目眩しを施した籠は、天狗の目を欺けた。
こいつはひとつ収穫に違いない。

「旦那ぁ、生きてますかねぇ。」

鉄斎が思案する中、艶のある声が急死に一生を得た柳生宗矩に掛かっていた。

「分かって聞いておろうが、澪。」

「あらまぁ、だったら早く起き上がって下さいな。」

鎧武者がその身を僅かに動かすが、手足をバタつかせるのも儘ならぬ様子。

「起きれんのだ、、」

「あらまぁ、、」

そんな宗矩を伊賀忍びがサッと抱き起こしに入る。

「無理言っちゃあいけませんぜ、その鎧で寝転んだら
 立てやしません。」

「さっきは起きたでしょう。」

「あれは吹っ飛ばされた勢いで受け身を取ったから、
 まぁまぐれでさぁな。」

「止めよ、鉄斎。澪はお見通しで言っている。」

心なしか宗矩の声が恥かし気に聞こえる。

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「離れたままで、この斬れ味とはな。俺はてっきり斬
 り込んで来ると思い込んだ。」

「まあ、お侍ですからねぇ、そう思われますわな。」

「何だ、鉄斎。分かっておったのか!」

「分かりませんやね、だから見に付いて来たんじゃ御
 座んせんか。」

鉄斎は宗矩の身体から鎧を外しながら傷口を見た。
この鎧は鉄砲玉を通さない厚ごしらえを三枚重ねて作っている。それを斬り通している。

「しかし、これで奴は油断しなくなりやしたぜ。
 簡単には降りて来ねえ、、確実に仕留められる、
 その時まで。」

「くっ、済まぬ。早くの決着をとの命を受けた故、
 許せ、、、」

柳生宗矩は悔し気に吐いた。

「まあまあ、分かった事もありまさぁな。あの天狗を
 退治するにゃあ、確かに落とすしかありやせん。

 ただ、空に居る時はあの技は使えねぇと見やした。
 あの速さを止める威力。本気で打ったら自分が落ち
 ちまう。

 落とすしかねぇが、落とすって事ぁ、あの技の相手
 をしなきゃならねぇ。」

「何だい、どっちもどっちだねぇい。だったら落ちて
 くる間に斬るしかないねぇ。」

澪が呑気に言ってのける。

「落ちてくる間に?姉さん、何か策がお有りですか
 い?」

「鉄斎さん、あんた大抵の物は作れるんだろう?
 だったらあたしにも作っておくれじゃないかい。」

松方澪が妖艶に笑った。
確かにこりゃあ、旦那の気も分かる。
鉄斎がごくりと唾を飲み込む音が夜に響いた。

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名は雪という。
雪深い寒い山村に生まれたからだ。

父と母が作った物を麓の村まで、兄と売りに行った。
両親は染め物を生業としていた。
綺麗な冷たい水が鮮やかに染料をのせた。

だが先の大合戦で国が変わった。
都も変わり大店が行商を始めた。
新しく珍しいものに人は惹かれる。

やがて客も戻るだろうと言うが、一年売れねば暮らしは辛くなる。なら自分たちも稼ぎに出ればいい。
だから兄と雪は江戸に出た。

雪の山を駆けた足腰がきっと役に立つ。
そして、それが公儀の目に止まったのだ。

荒れた地を蹴って、誰よりも早く走る。
兄と雪には造作も無い事だ。

売れた金で食い物を買い、少しでも早く皆で食おうと山を駆け登ってきたのだから。

公儀のお役目を始めて、初めて白い飯を腹一杯に食わせてもらった。

国本の親にも食わせたい!
金を貯めたら走って届けよう!

兄と二人、泣きながら食った白い飯は少ししょっぱかったのを覚えている。

だからこそ頑張ってきたのだ。
だからこそ走り続けてきたのだ。

誰が!天狗なぞに殺されるなんて思ったか!
許せなんかするものか!!

それが、今の女飛脚•雪を突き動かしている。

あの勇也という男を信じるしか手が無い。
だけど、甘ったるい女とイチャついてる所を見ると、果たして、、、

いや!構わない!
段取りさえつけば、あたしが一人でやればいいんだ。
あたしは、あたしを信じればいい。

雪はキュッと口元を締めた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/nd126e28c9f11

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