残陽 20

信幸は刀を鞘に戻した。
その傍に紫乃がふらりと寄り添ってきた。

「紫乃、、この刀は何故?」

「勇也さんから預かりました。」

「勇さんが?
 しかし、この刀は屋台の金に。」

紫乃が薄っすらと笑った。

「屋台のお金は勇也さんが立て替えてくれていたので
 す。お金は少しずつ私が返しておりました。」

「勇也殿、、」

「この刀は何やら思い入れがあるようだ。
 目を見ていれば分かる。

 ただ、一から商売するには覚悟がいる。
 だからこの刀は預かっておいてくれ。
 金は少しずつで構わない。

 そう仰って頂けまして。」 

「そうか。
 そうであったか。
 俺はそんな事も知らずにいたか。」

紫乃はそんな信幸を見ていた。
その紫乃に刀を差し出した。
紫乃はそっとそれを受け取り
胸にしかと抱いた。

「父の形見だ。
 俺たちのこの後も見守ってくれよう。」

信幸の言葉に紫乃は曖昧に頷いた。

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「北方殿。御子息を殺めた事は済まぬ。
 だが拙者は武士として生きたのみ。
 最早、次は侘びぬ。

 拙者はまだ武士だ。
 世が変わろうと
 この誇りと生き様は捨てぬ。

 御免!」

残された北方新兵衛は膝を着いたまま動かなかった。
静かに呻く嗚咽が聞こえる。 
信幸はその様を見、声を掛け様とした。
が、紫乃の手がそれを止めた。

信幸が紫乃の顔を見る。
紫乃が少し俯いてその目を外し
ゆっくりと首を横に振った。

「帰るか、紫乃。」
「はい。」
「そうだ、紫乃。
 助かった。ありがとう。」

紫乃は、、、
やはり曖昧に頷いた。

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しばらくして

「あー美味いなあ!
 信さんのうどんは美味い!」

「勇さんは酒はやらないのかい?」

「酒は合わねえ。
 明日に残っちまう。
 新しくきた仕切りの侍が堅物でなあ。
 中々相手が難しいのよ。」

「そうなんですか。」

「ああ、ここだけの話だがよお。
 前の仕切りだった北方様が、、
 腹を切ったらしい。」

「北方、、新兵衛ですかい?」

「ああ、そうだ。
 信さん知ってんのかい?」

「よくうちに来て頂きましてね。」

「そうかい。会わなかったなあ。」

「随分と遅くのお客さんだったんでね。」

「へえー働き者だったんだなあ。
 気のいい人だったぜ。」

「そうでしたかあ。」

北方新兵衛が腹を斬ったか、、
紫乃もその話を聞き神妙な顔をしている。
最後には武士であろうとしたんだなあ。
信幸はそう思った。

武士なぞ、そんな拘るものでは無い。
信幸は紫乃を見た。
この幸せを感じる日々に比べたら
武士の誇りや面目なぞは塵に等しい。

信幸は生きる事を謳歌していた。
そんな信幸の視線を紫乃はすぐに外した。
人の死に似合わなかったのだろう。

紫乃が小さく溜息をついたのは
その場の誰にも知られなかった。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/nae46108625cc

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