残陽 12

「そうだ!筋違いだ!」

語る北方新兵衛と信幸、紫乃に
不意に声が掛かる。

「捜したぞ、北方殿。」
「ほう。藩邸に伺われたか。」

藩邸と言っても立派な物ではない。
江戸はまだ埋め立てにより
その姿を広げている途中なのだ。

徳川家康に従う意も込め
この大工事には各藩から人手が送られていた。
中には藩士として、その人足たちをまとめ上げる
者たちがいる。
北方新兵衛はそういう立ち位置であろう。

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「堀出葉蔵殿。明日の果し合い
 しかと頼みましたぞ。」
「待たれよ!
 其方も武士であれば分かろう。
 戦場の習いに仇などはあり得まい!」

どうやら堀出は納得しかねる様子だ。
一方的に果し状を押し付けられた形か。

「確かにな、、」

新兵衛が夜空を見上げた。
今夜はやけに月が綺麗に見える。

「されど堀出殿、、
 受けて下さらねば、、
 儂は四六時中、其方を付け狙う。
 それではしんどかろうて。」

再び堀出を見た新兵衛の目が
月の如く輝く気がした。

「な、、何という事を、、
 拙者も其方も主君の命に従い
 命を賭けたではないか!
 それが武士であろう!」
「如何にも。」
「そこに私の事は無い筈!
 皆、友や見知った者を失くす!
 それを恨みなどとは思わぬが道理!」

堀出は必死に話した。
確かにこれは無意味なのだ。
戦さは終わった。
終わった以上は日々を暮らす事が
人の為すべき事だからだ。

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「筋は確かに筋。
 だが人は心がある。
 時に心は筋を違える。
 違えても為せと叫びおる。

 これは儂の我儘。
 だがその我儘に命を賭けて頂く。
 それが人を斬った者の運命。

 それとも堀出殿。
 この老いぼれにも勝てぬと申すか?」

堀出葉蔵の目が座った。

「其方は死に場所を捜しておられたか。
 拙者は無駄に戦さでもなく
 命を刈り取ろうとは思わぬ。

 が、
 そうと申されるならお受け致す。」

北方新兵衛は銭を払い
ゆっくりと腰を上げた。

「では明日の今時分。
 この裏の埋め立て地にて!
 残った者が死体を淵に蹴り落とす。

 それならば、
 まほろばたる江戸を長きに渡り護れよう。」

そう言うと、もう振り返りもしなかった。

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「何と愚かな事よ、、」

堀出葉蔵は呟いた。

「店主、酒はあるだろうか?」
「あります。」
「済まぬが頼めるか?」
「ええ、宜しいですとも。」

信幸は湧き上がる震えを止めようと務めた。
自分は事の経緯を知りたい。
いや!
知らねばならぬ予感がしたからだ。
何故か?
何故であろうともだ。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n0c6bca3653d7

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