残陽 5

信幸と紫乃は夫婦になった。
公には慎之介は戦さでの死となっている。
その場を見た者は、皆討ち死にした。
田原邸に集った連中は、正幸に連れ添っていた。
だから信幸が慎之介を殺した事を知っているのは
紫乃だけである。

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「紫乃、苦労を掛けて済まぬ。」
「信幸様は剣一筋で御座いました。
 力仕事が合わぬのは、必定で御座いますよ。」

二人は国を出た。
旅をし江戸に来ていた。
徳川が勝ち、世は江戸を中心に周る。
負けた身ではあるが、もはや信幸にそのこだわりは無い。
こんな自分に着いてくると決めた、この紫乃を少なからずとも幸せにしたい。
その一心であったが、剣を振るう筋肉と重い物を担ぐ筋肉は違う。
人足仕事をやってはみたが身体が悲鳴を上げるのが早かった。
紫乃は人足宿の飯を炊く仕事をしていた。
精力の余る男どもに美しい紫乃は、良からぬ気を起こさせるのでは無いか。
信幸は焦った。

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そんな折
信幸は男どもに組み付される女の悲鳴を聞いた。

「何をしておるか!」

流浪の身とはいえ、信幸の腰には刀があった。
流石に気迫が違う。
そんな男に怒鳴られ、男どもは蜘蛛の子を散らした。

「大事無いか。」
「有難う御座います、、」

娘の震えた声の後に、頭から血を流した男が駆け寄って来た。

「お美代、済まねえ!」
「おとっつぁん!」

聞けば二人親子で、ここで畑仕事をしていたという。
そこを男どもに襲われ、父親は殴られ頭をしたたか打ち付けた。
娘が襲われかける様を見せられ 
絶望に涙した所に信幸が現れたのだ。

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「本当に何とお礼をして良いのやら。
 有り難い、有り難い。」

信幸は父親を背負い二人の住まいまで来ていた。
粗末な小屋だった。
それは我が身も変わらない。
それに娘の様も、、、いつ我が妻に起こり得るか。

「江戸は水が悪くて、米が作りにくいんでさあ。
 小麦も作ってみたんですが、、売れませんで
 なあ。それでもこの江戸で暮らしを立てるしか、も
 うねぇんです。」
「国本は如何なされたか?」
「戦さに負けて、無くなりました。」
「そうか、、我が身と同じだ。」
「御侍様も、、」
「小麦か。」

その時、信幸の頭に閃きがあった。

「なあ、上手く行くかは分からぬが、、この小麦を私 に預けてくれぬか?」
「へ?」
「俺は切り麦が打てるのだ。」
「切り麦で御座いますか?」
「俺も力仕事が合わぬで困り果てておった。
 銭は稼いだ分から払う。どうだろうか?」

親父は直ぐに答えた。

「宜しゅう御座いますなあ。
 捨てるしか無いと諦めていた物がお役に立つなら
 喜んで旦那様の夢をお手伝いさせていただます。
 娘を助けて頂いたお礼にも変えさせて下さい。」

信幸は己勝手な思い付きが
先を開いてくれるのではないかと
久しぶりに胸が沸いていた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n0f4c1dde106e

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