残陽 3

戦さが終わり国に帰り、死んだ者たちの弔いをした。
信幸は生きて帰っては来たが、その顔は死んだ様に見えた。

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あんなに無数の尖った物が、自分に向かってくるなんて思ってはいなかった。
矢が空を駆け、それが済むと槍が固まりになって押し寄せた。
その光景はとても恐ろしかった。
だが馬の上の信幸は高を括っていた。
自分にまでは届かない。
拮抗した後、押し返し遠ざかっていくものだ。
そう信じて見ていたものが、思いとは逆に迫ってきたのだ。

このうねりに呑まれて自分は消えるのではないか?
信幸の頭の中には真っ暗な闇が広がった。
だからだ。
自分が何処に居て
何を為すべきかを忘れた。

「死にたくない、紫乃。」

それだけが分かった。
太刀を手にうねりに分け入り、逃げ延びようとした。
下がるのではなく、何故か前へと進んだ。
死神に魅入られるとは、こうなのかもしれない。
想いとは真逆に身体が動いていく。

「信幸止めろ!気を確かに持て!」

誰かが名を呼び、身体を掴む。
誰だ?俺を押さえ付けるのは?
信幸は恐怖に煽られた。
皆、俺を殺す気だ!
皆、俺を死に差し出すつもりだ!
その手にした太刀をめちゃくちゃに振り回していた。

「信幸、落ち着け!紫乃が待っているのだぞ!」

紫乃、、、
その名を聞き、信幸はここで死にたくないと、、、
その時だ。
何か柔らかいものを刺した感触がした。
藁を斬ったのを思い出した。
その手の方を見た。
そこには首筋から頬へと太刀を受けた、仰反る慎之介の顔があった。

「わああーーーーーーっ!」

信幸はそこで身体中の力が抜け、気を失った。

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信幸を馬に担ぎ乗せ、田原の軍は一斉に撤退した。
その空いた穴から敵軍が随分流れ込んだという。
父•正幸は自ら殿を務め討ち死にした。
されどこれも、
大きな戦さ場の小さな争いには過ぎなかった。
過ぎなかったが、
無様と謗られるには充分でもあった。

戦さの後には、信幸は家も国も失う事となった。
信幸たちが居た軍勢は、結果この戦さに負けたのだ。
勝った者たちには報酬が与えられる。
それは土地だ。
領土である。
無様に負けた小さな国は取り上げられ、勝ち戦さに酔う何者かの国へと変わった。
そんな先の事も予見が付いた。

この弔いは
死んだ者と
死にゆく国
この国で生まれ育った者の心

そしてあの赤い夕陽に包まれた
素朴な質素ではあるが確かにあった
暖かい暮らしの実感をも無きものとして
送っていたのだと
信幸はやがて思い知らされる事となる。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n0f8c06f296e8

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