残陽 14

「気になるんですね?」

屋台を終え床に着いたが、一向に眠れずにいた。
そんな信幸を察して紫乃の声がした。

「いや、、俺には関係の無い話だ、、」
「でも、考えてらっしゃる。」
「もう武士では無いのだ。
 武士の有り様の話なぞ、、」
「それで宜しいのですよね?」

信幸は深く息を吐いた。

「気にはなっている。
 が、それは店の常連客としての話だ。」
「そうですね。
 毎夜通って頂きましたもの。」

信幸は寝返りを打ち、紫乃を向いた。

「ああ。だがな。
 俺は武士を捨てて良かったと
 改めて思ってもいるんだ。」
「、、、その様に。」
「やはり武士は面子や為来りに縛られる。
 今、町の者となって良く分かる。
 不自由なものだった。」 

紫乃も信幸を向いた。

「この度の事は武士の面子では無いでしょう?」
「そうだ。だからこそだ。
 武士とて人である以上は気持ちがある。
 その気持ちを抑えつけるのにも
 解き放つにも命を賭けねばならん。
 それが、この果し合いだろう。」
「命を、、」
「武士でなければ殴り合いで良かろう?」

紫乃がごくりと唾を飲んだ。

「武士であるから戦さ場に行く。
 武士であるから斬り合いでしか
 事を決められんのだ。」
「武士であるから、、、」
「何事がある度に命を賭けねばならん。
 俺は紫乃と生きる日々が大切だ。
 武士のままでは、、俺にはきっと叶わなかった。」

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紫乃は不意に兄の顔を思い出した。
あの赤い夕陽の光の中で影を映した兄を。
慎之介と紫乃の家は、田原家よりは貧しかった。
だからこそ、慎之介はより武士であろうとした。
それしか生きる道が無かったのだ。

あの赤の中で兄は多くの夢を聞かせてくれた。
多くの気持ちを晒してくれた。
兄の想いは誰よりも自分が知っている。

紫乃は武家に産まれた男とは
そういうものなのだと思っている。

「信幸は人としては弱い。
 だからこそ紫乃。
 お前には信幸を支えてやってもらいたい。」

紫乃の脳裏を、あの日の慎之介が過ぎる。

「それにな、紫乃。
 俺は武家の男子だ。
 故にいずれは死ぬ。」
「兄様!」
「残された紫乃。
 お前の事だけが気掛かりよ。」
「その様なお話は嫌です!
 兄様が死ぬ話なんて、、」

慎之介の逆光に映し出される横顔が
空をただ見つめる様に動く。

「俺は武士だ。
 武士でありたい。
 武士に生まれ落ちた意味もあろうよ。
 だからこそ、この道を行く。」

影が笑った気がした。

「田原家ならば安心だ。
 信幸の武であれば揺るぎはしまい。
 上手く行ってくれ、二人共。」

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信幸はやはり眠れない様子だった。
確かにもう武士ではないが、
一度身に付けた物は捨てられはしないのだろう。

やはりこの人も武士ではあったのだ!
紫乃は少し嬉しいと感じていた。
この人の中にもまだ残り火はあるのだ。
言うなれば私の為に武士を捨てたのだ。

紫乃は夫を思い直していた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n7f5527eff3bf



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