胡瓜畑攻防戦 5

「胡瓜五本ねぇ。最初は好きに動いてもらわないと、
 言う事効いてくれないの、どうなの?」

そのまだ若い女は木の枝に器用に寝転び、星を見上げながら呟いた。

手の平の上に朱い小さな珠が乗っている。
星に透かせば、ドクドクと脈打つ流れが見える。

人の身体の中にある臓器を取り出してみれば、こんな風に動いているんだと思う。
この珠は誰かの身体の一部が飛び出したものなのかもしれない。

女、小絹はそんな事を考えてみた。

「でもさぁーそんなんどうでもいいのよ。あたしはあ
 たしの力を強くしてくれる道具なら、それでいいの
 よね。」

子供じみたキャハとした笑顔を浮かべる。

「何で伊賀だけか武家に戻れて、甲賀は駄目なの?
 大人はズルいし嫌いだわ。」

不意に笑みを殺したその顔は、何か遠くの顔を見つめているようだった。

膨らんだ頬が、まだ子供らしさを映した。

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「まあ、実際見てみねぇとなあ。」

中山鉄斎はそう言って、夜の胡瓜畑に潜んでいた。
瓢箪をくり抜いた物に酒を詰めてもらい、呑気に待つ事にした。

「危ないですよ!見つかったら怪我をします!」

「だってよぉ、お美代ちゃん。この目で見ねえもんは
 倒せねぇよ。」

話を聞いた美代は必死に止めたが、鉄斎は事も無げに言った。

「月が綺麗だなあ。星も瞬いてらぁね。」

河童なんてものが無ければ、いい月見酒だった。

ゴソっ。

草を踏む音が不意にする。
一瞬河童かと思ったが、水から上がってくるなら違うだろう。それにその足音は一度だけで止んだ。

つまりは、居るという意味なんだろう。

ここまで来るのに、この足音の主はどうやった? 
もっと遠間から聞こえてこなければおかしい。
そういう人物が来たという事である。

鉄斎には思い当たる節がある。

「旦那も働き者だねぇ。今夜斬りなさるんで?」

「分からぬ。」

「ですかい、、あっしも手を考えにゃあと思いまして
 ね。」

「文献なら屋敷にあろう。」

「明日にも伺うつもりで御座んす。」

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その時、水飛沫の音が響いた。
二人は気配を消して、目を凝らした。

水の滴る音が続き、ズッシリとした足音がする。
確かに河童が居た。

その姿は苔がむした濃い緑の体表で、どこかヌメヌメとして見える。

神社の神事で相撲をとる力士の様な盛り上がった身体付きをしている。

勇也が片手で吹っ飛ばされたのも頷ける。

バリバリとした咀嚼音がする。

「確かに胡瓜を食ってやがる。」

美代の話に合点がいった。
ヌメって見えた肌質が妙にしっかりと根付いてきた。

「あーあれは透けていたのか。」

まさに実体を取り戻した河童は短い食事を終え、また水に戻っていった。

その後には、また平穏な月夜が残った。

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「はあーありゃあ河童だあ。確かに河童だった。」

「どう見た。」

「旦那、斬れますかい?」

「うむ、、さて、どうかな。」

「ありゃあ、どうなってんだかねぇ。胡瓜食って身体
 を作り上げてるみてぇな。」

「そういう事か、、透けて見える内は触れぬか。」

「いやあ町の者が殴れたし殴られたんで、そういう訳
 でも無いんでしょうがあ、、、」

「何だ。」

「透けてる内じゃねぇと、手も足も出ねぇ気がしやす
 ねぇ。」

「そうか、、どう斬るかな。」

「いやあ、そういう話じゃないのかもしれませんぜ。」

「何?」

中山鉄斎は考え込んだ様な、答えを見付けた様な不可思議な笑みを口元に浮かべた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/nda6210078a12


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