残陽 4

紫乃は信幸や兄•慎之介が木刀を打ち合う姿を見るのが好きだった。
男たちは技と術を磨き、命の価値を捜している。
戦さは落ち着いていた。
この国の土地は一通り分けられていた。
だが戦国の空気は終わりの匂いをさせなかった。
いつか。
いつかきっと戦さは起きる。
男たちは、そこに賭けていた。

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そこに賭けていた信幸が
今自分の前で手をつき頭を下げていた。

「済まぬ!俺は錯乱した。」

信幸の声が震えている。

「怖かった。木刀が迫り来るのとは違った。尖った槍
がうねりになって、俺に迫ってきた。」

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怖かった。
素直な人だと改めて思った。
信幸の真っ直ぐな所が紫乃には好ましかった。
真っ直ぐに強くなろうとして
真っ直ぐに努力をし
皆を纏め志を示した。
そして真っ直ぐに自分を好いてくれた。

そんな真っ直ぐさが災いしたのだと思った。
木刀とて命を落とす事はある。
だからこそ、皆命懸けで強くなる。
命懸けだからこそ、木刀という物を見据え馴染む。
己に迫る物は木刀の切先であるしかないのだ。

それが弓であり槍であり、掠るだけで肌が切れ血が舞い上がるのならば、、、
紫乃とて、きらきらとした瞳で見入るなどは
出来はしないだろう。

つまりは
鍛錬と戦さ場は違うのだ。
違ったのだ。
己の強いという
田舎の腕自慢の矜持は跡形も無く砕けた。
そんな信幸に紫乃は優しい気持ちを湧かせながら
やはり兄を殺した男としても見てはいた。
あの赤い夕陽の中で
慎之介と話した事が妙に思い出されていた。

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家の庭で木刀を振るう兄•慎之介が
不意に手を止め紫乃を見た。

「お前は剣が好きだな。」
「いいえ、剣を振るのを見るのが好き。」

慎之介は少し声を柔らかくした。

「そうではあるまい。信幸の影をみている。」
「まあ!兄様ったら、嫌だわ。」
「やはりな。俺の剣は信幸に似ている。幼き頃より共に磨いたのだからな。」
「はい。」
「信幸に惚れているか?」
「はい。」
「そうか。」
「兄様、、、」

兄は一瞬、表情を固くした気がした。

「よいか紫乃、信幸は剣は強い。
 が、、人としては弱い。」

紫乃は兄が何を言い出したかと思った。

「信幸は時期当主として育った。やはり、、甘やかされてはおる。故に素直でもある。それは彼奴の良い所だ。だが夫婦になるならば紫乃、お前はその弱さと向き合わねばならぬ。」

それから

「だが俺は、だからこそ信幸と紫乃に上手くいってほしい。裸のあの男を支えてやってほしい。」

赤い陽の中で兄は笑った。
その不器用な優しさは、
今もとても綺麗なものとして
紫乃の脳裏に焼きついている。

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「頭をお上げ下さい、信幸様。
 戦さ場に出たならば、いつ何時に何が起ころうと
 おかしくは御座いません。

 信幸様とて向かい来る敵に抗おうとなされたので
 御座いましょう。

 そこで起きた事は
 戦さでの事。

 この場にて咎を問うなどという 
 話では御座いませぬ。」

紫乃は振り絞る様に
真っ直ぐと信幸の目を見て応えた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n58c03dc06b13


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