残陽 6

信幸は覚悟が必要だと思った。
もはやまた戦さ場に立ちたいという気持ちは無い。
ただ紫乃と生きていければいい。
人足仕事の出来ぬ自分は
もうこれしか無いのだ。

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「板だって?」 
「何処か要らぬ板など、手に入る場所は無いだろうか
 と思い、尋ねさせていただいた。」

信幸は以前厄介になった人足の若頭だった男を尋ねて聞いた。

「そんなもん何に使うで?あんた、住まいはあったよ
 なあ?雨漏りでもしたのかい?」
「いや、屋台を作りたいのだ。」
「屋台?あんた、お侍さんだろ?」
「侍は、、、捨てる。」

若頭•勇也の目が変わった。

「本気かい?
 で、何を売るんだい?」

低く沈んだ勇也の声に負けてはならぬ。
若いながらも百戦錬磨の気配がする男だ。
人足を束ねるというのも、侍の様なものなのだ。
この男に出会い、信幸は思ったものだ。

「切り麦を売りたい。」

人足たちがひと仕事終えて戻ってきた。

「切り麦ってぇ、何だい?
 頭は知ってんのかあー?」

皆、勇也の顔を伺う。

「切り麦かあーーー!
 そいつは、いいぞ!
 ありゃあ、美味い!食いごたえがある!」

勇也の目がきらきらと輝いている。

「俺ぁよ!
 昔、親父に食わせてもらった事があるんだあ!
 仕事終わってお前ぇら、腹空くだろ?
 切り麦食えたら、ぐっすり寝れるぜ!」
「そんなぁー美味いんかあ?
 頭が言うなら間違えねぇやなあー!」

皆がぐっと湧いた。

「だかよ、ありゃあ小麦だろ?
 手に入るのかい?
 一時は随分と高値だったが。」
「今は売れぬで困るらしい。
 話をしたら乗っていただけた。」
「でもよ、誰が切り麦を作るんだい?」
「俺は切り麦が打てる。」
「へえーーーーーー!」

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信幸の居たのは小さな藩だ。
米は世の中を回す。
手元には残すが、何か大事な時に使う。
新米が取れた時は、皆で握り飯を食った。
その年に一度の折に食う紫乃の塩握りが好きだった。

では、普段は何を食ったかといえば
切り麦が多くあった。
つまりは、うどんである。
信幸はこのうどんを打つのを趣味にしていた。
皆が笑いながら食う切り麦の席が
信幸はまた大好きだったのだ。

貧しい暮らしかもしれないが
味噌の汁で食う切り麦は
皆に幸せを感じさせた。

だからだ。
思い付きとはいえ
切り麦売りならやれる。
人の役に立てる。
紫乃を笑顔に出来る。
そんな気がした。

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「良し!乗ったあ!」

勇也の声が響いた。

「人足が出来るからいいってもんじゃねえ!
 皆んな出来る事をやりゃあいいんだ。
 その屋台、仕事が終わった後に
 皆んなで作ろうぜぇい。
 どうだい?」
「美味い物が食えるなら結構だなぁやー!」
「だなあ、頭の話におらぁも乗ったあ!」

途端に歓声の輪が信幸を囲んでいた。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n464e4a139fe2

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