胡瓜畑攻防戦 3

力士程のガッシリとした体格の河童が、嘴で起用に胡瓜を噛んでいた。

キューとでも言うしかない鳴き声が時々する。

一口ごとに勇也の様に嬉しそうな表情をする。

「美味しいんだね、胡瓜。」

「河童の好物は胡瓜だっけか。」

「あーそうよね。」

二人は予想してなかった光景に唖然とし、隠れているのを忘れた。

そこに棒立ちする姿を河童の細い目が見付けた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「キュワァア!」

河童が鳴いた。

「うわぁ、勇也どうしよう。」

聞かれた勇也も流石に即答は出来ないが、

「お美代は離れてろ。」

「勇也は?」

「追っ払わない訳にゃあ、いかねぇだろ。」

「河童だよ!?」

確かに河童だ。なんだが、、それはそれで放ってもおけない。

もう一度河童が鳴く。

「うわああー!」

反射的に吠え返すと、目線を逸らさずに河童が此方に移動を始める。

畑を引き裂いてくるかと思いきや、脇の畦道を通り回ってくる。

「あ、胡瓜潰さないんだ。」

「好物だからか?」

「律儀なのかも?」

動きは早くは無い。
全てがゆったりしているが、その分迫る圧迫感が強い。

「いいから、逃げろ!」

勇也は美代を押しながら自分も後ずさる。

「勇也も逃げよ!あれは無理だよ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夏の月明かりに河童の姿が映し出される。
勇也の目には、何やら少し透けて見える気がした。
段々と河童の息が聞こえてくる。
こちらも何やら弱々しい気がする。

「毎晩五本、、あいつ、まだ一本しか食ってねえ。」

勇也の頭に閃きが走る。

「力が出ねぇんだ!」

「勇也!」

「追っ払えるかもしれねえ、今しかねぇんじゃねぇか
 か?」

「でもぉ。」

「あんなんが来るんじゃ安心して夜も寝れねぇじゃね
 ぇかよ。こっちも心配で寝れねぇしよ。」

そう言うと今度は勇也が駆け出した。
手にした太鼓の撥状の物をサッと振り伸ばし、河童の前に躍り出る。

「野郎!どっか行け!」

伸ばした棒を河童の顔に叩きつける。
どんな生き物だって顔は弱い。
河童は勇也を睨み付けたまま、その棒を打ち込まれた。

「どうだあ!帰れ!」

何度も鉄の棒を振り下ろす。
河童はその顔を歪めはしたが、視線を外さない。
打ち込まれながら、ゆったりと腕を胸元まで上げていった。

「河童に胸毛ってあるんだな。」

勇也はそんな事を思いながらも、必死に自分の腕を動かしていた。

「頼むから、どっか元居たとこに帰ってくれよ!」

叫んだ刹那、勇也の身体は宙を舞った。

「勇也ああぁー!」

美代の絶叫が月夜に響いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

河童はゆっくりと上げていた腕を、驚くべき速さで横に振り薙いでいた。

流石の勇也にも全く見えなかっただろう。

そのまま横一文字に伸ばして止まった腕が、月明かりにきらきらと光った。

河童の緑の肌がヌメっているから、、、

いや、違う!
夜空の星の煌めきが河童の腕を透かして見えていた。
河童の巨体が不思議な事に透け始めている。
透けた身体が僅かに震えて見える。

いや、それも違う!
陽炎の様に揺らめいているのだ。

やっとという仕草で顔を下に向け、不意に長い舌を伸ばす。

その舌が四本の胡瓜を掴み、己が口に招き入れた。
ゴリゴリとした咀嚼音が響いた刹那、先程とは比べ物にならない俊敏さで、その巨体は川に飛び込んでいった。

「やっぱりお腹空いてたんだ。」

その様を見て妙に美代は納得した。
それから真っ直ぐに吹っ飛ばされた勇也の元に走った。


つづく
https://note.com/clever_hyssop818/n/n34ac0d6be0f8



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?