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【実話】動かないでください

今から数年前の秋。

残業して、帰りが夜の11時ぐらいになっていました。

駅から家に向かって一人で歩いていたのですが
夜の空気が妙に心地よくて、
暑くもなく寒くもなくちょうど良い加減で
仕事から解放されたのもあり
足取り軽く景色を楽しんでいました。


朝は暗かった居酒屋に灯りがついていたり
車がない交差点で信号機が律儀に点滅していたり、コンビニから仕事終わりであろうサラリーマンがあくびをしながら出てきたり…。



普段は見られない光景が
新鮮で心が弾みました。


ここのところ、仕事ばかりだったんです。

ろくにお出掛けもしてませんでしたから
小さな冒険をしてる気分だったんですね。


近道をするために入った
街灯がひとつもない暗い路地も
軽い足取りで進んでいきます。


きっと昼間なら、井戸端会議が聞こえるだろう
民家に挟まれたアスファルトを
静かに歩きました。


そこでふと、私は一つの側溝が気になり
足を止めました。


いつもなら気にとめることもしない
なんの変哲もない側溝。


ただ、普段からホラー小説を趣味で書いている
私は、網目から覗く底が見えないこの暗闇に強く惹かれ、写真を撮っておけば題材に使えるかもしれないと、写真を撮ることにしました。


暗闇の中、スマホを構えます。


壊れてしまったのかと勘違いしてしまうほど
画面には黒色しか映りません。

それでも私はシャッターボタンを押しました。


すると、画面にこんな文字が浮かびました。



“そ の 場 か ら 動 か な い で く だ さ い”


そして、2秒のカウントダウンがあった後
カシャッと音がしました。


今まで見たことがない表記に
困惑しましたが、
確認すると問題なく写真が撮れており
なおかつ、画像が若干明るくなっていて
側溝の網がよりはっきり見えました。


なので私は
ナイトモードが作動したんだな、と
納得してから、ようやくそこで
自分が普通ではないことをしている
自覚が湧き、足早に家に帰りました。


ーーー


「こんな時間になるなら電話してよ。
 迎えに行ったのに。」

母からそう小言を言われ、平謝りし
私はリビングのソファに座って
先程撮った写真を見返すことにしました。


そこに映し出されたものに、
私は絶句し、すぐに画面を閉じました。


何、今の…?
いや、見間違えかもしれない。


私はバクバクと心臓が忙しなくなるのを感じながらもう一度画像を開きました。


映っているのは、真っ黒いアスファルトと
側溝にはまった銀色の網。

そして、
側溝のすぐそばの路上にいる
何か。

それは、
ぎょろりとした目、口をだらりと開けた
人の顔。

ずっと見ていると次第にはっきりと
輪郭が浮き立ち
うねる髪の毛がまとわりつき
とうとう女の顔になりました。

静止画のはずの写真。

なのに、写真の中のソレは
ゆっくりと姿を変えていく。

挙げ句の果てには、
女の顔の周りに眼球が一つ、二つと
現れ始めたので、
私は速やかに写真を削除しました。


翌朝、仕事が休みだった私は
何かを見間違えた可能性を期待して同じ道に行きました。


写真を撮った場所のアスファルトには
長年使われたことによる
相応の汚れはありましたが
人の顔に見えるようなシミ等は
ありません。

やっぱり何もないか…
あれ、そういえばこの道って…

私は足元から顔をあげつつ、道を視線で辿っていきました。

路地がちょうど突き当たる
大通りの向こう側には
大手の葬儀屋が店舗を構えています。


そこには昨日の朝にはなかった
“○○家本葬”と書かれた幕が
垂れていました。


ーーー


後日気になった私は
様々な暗闇で写真を撮りナイトモードになると
どうなるか実験しました。


実験結果


なんど撮っても、結果は同じでした。

“カメラをしっかりと構えてください”

としか出ませんし、
カウントは3秒でした。


では、あの
“その場から動かないでください”という
表示と、2秒のカウントダウンは
なんだったのでしょうか。


とにかく、好奇心に任せて
変な写真を撮るのは良くないなと
反省する機会になりました。


皆様も、なぜか分からないけれど
写真を撮りたくなった時、
少し引いてお考えください。

本当に撮りたいのかどうかを。

もしかしたら、
貴方に撮られたがっている
何かがそこにいるのかもしれません。




写真を削除した後に描き残したメモ

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