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メンヘラコミュ症ホステスになる❊中学生編❊

中学生の頃は人生で3本の指に入る苦しい時期だった。
自己肯定や自信を1ミリも持たないのに自我だけが大きくなっていた。
食事、排泄、当たり前の全ての生命活動を恥ずかしく感じていて、その歪んだ思想が自分を苦しめた。

特に食べることに強い嫌悪があり、人前で食事をすることが排泄と同じくらい人に見られたくないことだった。

私は嘔吐恐怖症、会食恐怖症でもあった。

給食の時間が1日の学校生活の中でもっとも苦痛であった。
給食の時間が近づく4限あたりからソワソワと落ち着かなくなり、食堂につく頃には喉がキュッとしまりとても食べ物が通るような状態ではなかった。(私の通っていた中学は、1階の食堂に集まり全校生徒で昼食をとるスタイルだった)

思春期ということもあり、周りの目がとても気になった。あの子なんで食べてないんだろうと思われるのが嫌で、食べるふりをし、茶碗のご飯を片すみにギュッと箸で押し硬め減っているふうに見せていた。

ある時、担任に給食をまったく食べていないことがバレ、親に連絡をされてしまった。


母親にもなぜ給食を食べないのだと問い詰められたが、当時は自分でも食事が喉を通らない理由が分からず、「分からないけど食べられない……」としか言えず、母はそれでは納得せず怒りはじめた。

そのことが更なるストレスとなり、とうとう家でも食事ができなくたってしまった。

学校にいても家にいても気が休まらず、死んでしまいたいとよく思っていた。

その頃の心の支えは、当時好きだったバンドの音楽だけだった。
厭世的な歌詞に救われ、私も生きよう、と思えた。

その後の人生も、音楽と文学に救われなんとか生きのびた。

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