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【書評】ジェイムズ・ティプトリー・Jr『ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?』※ネタバレあり

好きな作家は?と聞かれて真っ先に答えるのが、銀河ヒッチハイクシリーズのダグラス・アダムスと、この『ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?』を書いたジェイムズ・ティプトリーだ。ティプトリーはほんとのほんとに好きなのだが、いかんせん読んでる人が少なすぎる(泣)。感想を語り合える人がいない。その原因のひとつが、本屋に置いてある彼女の本が『たったひとつの冴えたやり方』という代表作だけだということ。SF好きでも、これしか読んだことがない人は結構多いと思う。そんな人に教えてあげたい!『たったひとつの〜』は泣けるし確かに面白い作品だけど、代表作ってほどじゃない!『接続された女』とか『愛はさだめ、さだめは死』とか『一瞬の命の味わい』とか、もっと尖ってて最高にクールな作品が山ほどあるんです。『たったひとつの〜』だけを読んで「ティプトリーってこういう作家なんだ、へえ〜」とか思ってないですか?ダメ!もっと読んで!
ティプトリー布教活動の一環として、今回は『ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?』の書評を書きます。

舞台は近未来(あ、ネタバレしますね)。宇宙船に乗って太陽系を旅していた三人の男は、時空の狭間みたいな何だかよく分からないものに巻き込まれ、何だかよく分からない理論によって数100年先の未来にタイムスリップしてしまう。
未来に飛ばされた彼等の宇宙船は、燃料が尽きかけて絶体絶命の大ピンチに。しかしその時、偶然近くを通りがかった宇宙船に運よく拾われて一命を取り留める。相手の船に乗り込んで一安心の三人だったが、その宇宙船には女性しか乗っていない。話を聞いてみると、なんと彼等のいない数100年の間に地球ではよく分からない疫病が蔓延し、よく分からない理論で男性だけが全滅してしまったらしい。なんてこっちゃ。地球の現状を聞いて落胆する三人。そんな三人に女性たちは、初めて目にする生き物“男性”を調べるために、飲み物にドラックをこっそり入れて実験を試みるのだった…。
とまあ、こんな話です。ティプトリーお得意の性の話ですね。
まずひとつ目のポイントとして、ティプトリーの考える女性社会が描かれているという事。この女性しかいない社会は男性社会とは違い、まったく進化していない。ただひたすら現状維持。人口も増えない。テクノロジーもそのまま。女性隊員からこの話を聞いた男性三人は落胆する。これまで男たちが頑張って文明を進化させてきたのに、女性社会になった途端、その努力が水の泡になってしまったように感じるのだ。「どうして努力しないんだ?」と詰め寄る男に「え?だってこのままでも生きていけるもん」と首を傾げる女性隊員。さらに「今の便利な生活は、昔の男たちが頑張ってくれたおかげよ!ありがとう!」とかぬかしやがるものだから、そりゃキレますわな。
この女性社会。もう一つの特徴としてリーダーが存在しない。まあ、そもそも進化しないんだから、行政とか権力にもさほど意味がないわけで。要するに史上初の完全な共産主義社会です。

さて、この後ドラッグを盛られてラリった三人は、それぞれ違う行動に出るのだが、これは三つの男性性を表している。いよいよ本題だ。
まずは一人目。
理性を失ってレイプを始めてしまう。しかも「お前はブサイクなのに、おれがセックスしてやってんだぜ?」みたいな最低な事を口走りながら。まあラリっているという設定なので。この男が表しているのは、シンプルに暴力性だ。
二人目。「今の地球には失望した。おれが大統領になってお前たち導いてやる。人類の栄光を取り戻すのだ!喜べ!」みたいな事を言って教祖化する。この男が表しているのは主体性だ。
まあ、ここまでは「そうでしょうね」という感じだろう。男性的な見栄、プライド、暴力、主体性。いわゆるマッチョな強さというやつ。だが問題は三人目だ。三つ目の男性性こそ、この作品のキモになる。

三人目はこの作品の主人公。性格はナヨナヨしていて、他の二人のようにマッチョな強さはない。一見、主人公だけは一般的に言う“男性っぽさ”がないように思える。序盤に意見が食い違う場面があるが、主人公は自分の意見の方が正しいと思っているのに、相手の意見を尊重して発言せずに引き下がる。そんな男だ。この主人公だけ、ドラッグでラリっても何もしなかった。いや、何もできなかったのだ。
ラリった他の二人がレイプするやら教祖になるやら、大暴れでエキサイティングしているのを必死になって止めようとする女性隊員たち。それを主人公はただ唖然と見守る事しかできなかった。彼の表している三つ目の男性性、それは弱さだ。彼はプライドや見栄がないわけではない。むしろプライドにすがって生きているからこそ、それが折れる事を極端に怖がっている。負ける事が怖いから、自分の意見を言わない。女性隊員たちは仲間の暴走に立ち向かっているのに、負ける事が怖くて彼だけは何もできない。強さへの執着、ゆえのモロさ。これが三つ目の男性性だった。

この騒動が収まった後、今の社会に彼等を入れるのは危険だと判断した女性たちは、彼等を離島に隔離するのでした…(ひどくない?)。

この話、ティプトリーには珍しく風刺色が強い。性を題材にした彼女の作品はかなり多いが、普段はもっとジェンダー寄りに、シンプルに性の違いについて描いている。ただこの作品に関しては男性社会の風刺が強く、どちらかと言えばフェミニズムの作品だ。
最近は男女平等の声が日増しに高まっている(まだまだ不平等ですが)。こういう事を言うと怒られるかもしれないけれど、女性が活躍し出したのには、以前よりも文明の進化が信仰されなくなった事も無関係ではないのかもしれない。時代が進化のフェーズにいる間は、社会や経済を引っ張っていく男性的なマッチョな強さが必要になる。しかし最近ではSDGSのような持続可能な社会を目指す動きがあるように、徐々に進化のフェーズから、維持のフェーズへと変わりつつある。そういった時代の流れの中、マッチョな男性像は徐々に不要になってきた。
もちろん男女平等は時代流れどうこう以前に、僕は倫理観から平等にした方がいいと思っている。けれどヒューストン、ヒューストンを読むと、時代の流れという観点から男女平等について考えられるから面白い。皆さんはどう思いましたか?

ちなみに、僕が初めてこの作品を読んだ時の感想。
「なにこれ大っ嫌い!我々男性をディスりやがって!チクショウ!…チクショウ(悔し泣)」
だってこの主人公、おれなんだもん。僕は喧嘩をした事ないし、優しいって言われるし!それ長所だと思ってたんですけど?それがプライドゆえのモロさだなんて…。クソッ、ぐうの音もでないぜ。
それにしてもティプトリーさん。さすがに離島送りはちょっとやりすぎじゃありませんかね?

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