いつ死ぬべきかという話

 母方の祖父がいよいよ怪しくなってきた。腎臓を悪くしており、食べたいものを食べられなくなってしまった。これにより、食事制限がかかっているのだが飯が不味く弱気になっているらしい。私は母(祖父の実の娘)から「じいちゃんに、あんたの口から美味いもん食ってサクッと死ぬか、不味いもん食ってだらだら生き永らえるか、どちらか選ぶように言って。」と言われた。母の口から言うのはさすがに憚られるらしい。老人アンチを公言しているからと言って、孫の私なら言ってもいいと思っているのだろうか。車購入の資金援助をして欲しいので印象を悪くしたくないのだが…。そのぶん両親が金をだしてくれるならやぶさかではないなと思っているところである。
 こういう話をすると大抵、お前の家族どうなっているんだと言われる。単に家族内で両親の老後の話をする機会があっただけだ。結論から言うと、自分の生き死にを決められる間に死に方くらい決めておけという話である。延命措置をするか、認知症になったらどうするかなど色々ある。私からは介護する気は一切ないことだけ伝えてある。両親からは出来るだけサクッと死ねるようにすると言われた。どうせ後期高齢者に足を突っ込んだ辺りで怖じ気づくのだろうが、頑張って欲しいところだ。
 さて、いつ死ぬべきかだが、自分で自分の管理を出来なくなったときではないだろうか。部屋が汚いという話ではなく、脳梗塞で後遺症が残って介護が必要になったとかそういう話だ。自分以外の誰かに下の世話をされたいか?寝たきりで栄養だけチューブで摂取するような晩年を過ごしたいか?私はごめんだ。好きなものを食い、好きなことをして生きるのがいい。肉体的な健康と精神的な健康が両立しなくなったら、前者を切り捨てる。どうにもならなくなったら安楽死してしまおう、というのをあらかじめ決めておこうということだ。何がなんでも100歳まで生きたいのならそれまで全力で延命すればいい。その人の自由である。私は自分のことで他人を患わせるのが嫌というだけだ。家族にはおんぶに抱っこだが。
 家族仲が悪くないのであれば、いや良好である家庭こそ両親と病気で寝たきりになったらどうするか位は話し合っておいた方がいい。物言わぬ生きているだけの親を生かし続けるか、死なせてやるかを親の意思抜きで決めなければならないいし、子供に親を殺す罪悪感を植え付けることになりかねない。生殺与奪の件を他人に握らせてはならないのだ。


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