30日間チャレンジday1、私の家庭教師が僧侶だった件(日記6)

21:20に寝て、途中2:45に一瞬起きたとはいえ8:20に起床したので、11時間寝ていた。過眠症だろこれ明らか!起きたとき思わず「バカたれ!!!」と叫んでしまった。最悪。。。今夜は何とかしたい流石に。

それはそうと、昨日言っていた「30日間チャレンジ」をスタートした(ので過眠はセーフ……?)。①薔薇の名前を4頁読む、②TOEFL5600を2テーマ読む、③日記を千字以上noteに書く(日記が無理ならパーソナル・エッセイ)、である。①と②は達成したので、もうすぐクリアしそうである。30日続けてみたい!!いや、絶対に続けてみせる(と宣言しておく)。

ところで昨日のアテネフランセ英語だが、何をテーマにディスカッションしたっけ。ああ、これまでに自身に影響を与えた人間、とかだった気がする。私の場合は高校時代の家庭教師だ。先生は当時御年74歳の僧侶で、なぜか私の家庭教師になっていただいた。彼が私に宗教と哲学の重要性を仕込まなければ、今の私は当然存在していないだろう。彼は僧侶、家庭教師のほかに、英会話教室講師、キャリア・コンサルタント、心理カウンセラーなども兼任?していた。わが富山県における稀有な人材であろう。いやマジで。

彼は儒学に精通しており、よく論語を引用し、「人間にとって最も愚かなことは、己を限る(=可能性を限定する)ことである」と口癖のように言っていた。私はその言葉に後押しされて、自身の限界を超えられるような選択肢を常に選ぶよう心掛けてきた。ゼミや学会での発表(学会発表はまだ一度しかないが)、卒論や修論を含む論文の執筆、それに伴う欧文文献の読解など、当時の私にとってはとても考えられないことだっただろう。そして今は留学(とその先の博論)というさらなる困難に立ち向かおうとしている。今度ばかりは無理かもしれないと何度もくじけそうになるが、彼の言葉を思い出して必死にくらいついていきたい。(……力強い言葉には違いないが、これは一種の「呪い」のようなものなのかもしれない。常に限界を超え続けろ!という。いつかその呪縛から解放されるのだろうか?しかし間違いなく今ではない)

また私が肺気胸で入院したときには、孟子(というか熊沢蕃山?)の言葉から「天のまさに大任をこの人に降くださんとするや、必ずまずその心志を苦しめ、その筋骨を労し、その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし、行いにはその為すところを仏乱す」と引用し、励ましてくれた。天が人に天命を与えるときには、心身に猛烈な負荷をかけてくる、といった意味だったはず。私はまさに今こうした困難に際しており、メンタルはボロボロである。しかしこの言葉を思い出すことによって、なんとか耐え忍びたいと思う。今までもそうだったはずなのだ。

他に私に多大なる影響を与えた人間としては、友人が数人と、指導教官、そして家族がいる。前々回のプレゼンでは、テーマが「家族のエピソード」だったため、私に良くも悪くも爪痕を残した、叔母という存在について紹介した。このエピソードについては、また時を改めて記述したいと思う。明らかにやばい話もあるので、どこまで正直に記すかはわからないが。

これで日記が1000字に到達したため、30日間チャレンジの③はクリアとなった。明日も頑張るぞ!!!!!

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