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価値のない研究

グレートですよ

東方仗助

私たちの研究室が取り組んでいる分子性磁石(有機磁石)は、従来の金属磁石にないユニークな特性を持っています。分子性磁石は化学修飾が可能で、特定の条件下(例:光分解や特定の気体分子の付着)でのみ磁力が変化するなど、多様な機能を持たせることができます。このため、例えば環境に応じてオンオフを切り替えるスマートな磁石としての応用が期待されています。また、分子性磁石は非常に薄いシート状にすることが可能で、軽量かつ柔軟な磁性材料としても注目されています。従来の金属磁石とは一線を画すその特性は、研究者にとって魅力的な挑戦となっています。

具体的には、次のような利用が考えられます:

光応答性磁石
分子性磁石に光応答性の置換基を導入することで、特定の波長の光を照射することで磁力をオンオフすることが可能になります。これにより、光を使ったデータ記録や読み出しシステムの構築が可能です。また、光リモートコントロールが可能になるため、非接触型の操作システムや光通信技術への応用も期待されます。

ガスセンサー
分子性磁石に特定のガス分子に反応する置換基を導入することで、有毒ガスや環境汚染物質の検出に使用することができます。例えば、工場や研究施設での有害ガス漏れを早期に検知し、迅速に対応するためのセンサーとして機能します。

バイオセンサー
分子性磁石に生体分子(例えば、特定のタンパク質やDNA)と結合する置換基を導入することで、病気の早期発見や生体物質の検出が可能になります。これにより、医療診断や研究において重要なツールとなります。

https://www.tdk.com/ja/tech-mag/ninja/057
第57回「有機磁石は可能か?」の巻

オ…オレ…故郷に帰ったら学校行くよ…

ナランチャ・ギルガ


しかし、分子性磁石には致命的な欠点があります。ほとんどの分子性磁石は室温では常磁性になってしまい、実用的な磁力を発揮することができません。これは、分子性磁石のキュリー温度が非常に低いためです。キュリー温度とは、磁石が磁力を失う温度のことです。例えば、鉄磁石(フェライト磁石)のキュリー温度は約700K(450°C前後)、熱に強いサマリウムコバルト磁石は約1000K、熱に弱いネオジム磁石でも600K前後です。しかし、分子性磁石のキュリー温度は一部の例外を除いて数K程度しかありません。このため、室温や氷点下でも磁力を示さない分子性磁石が多く、実用化が困難な状況にあります。

ピエール・キュリー
フランスの物理学者。結晶学、圧電効果、放射能といった分野の先駆的研究で知られている。

終わりのないのが終わり

ジョルノ・ジョバァーナ

このような状況にもかかわらず、私たちの研究室では分子性磁石のキュリー温度を上げる研究を続けています。例えば、特定の分子設計(最近ではTTF系分子の配位子としての特性に注目し、これを[CrCyclam(C≡C-R2)]+の合成)や合成技術を駆使し、より安定した磁性を持つ分子性磁石の開発を目指しています。これにより、低温環境での特殊な用途だけでなく、より広範な温度範囲での応用が可能になることを期待しています。実用化の可能性が低いため、研究予算は限られており、必要な機材や薬品の購入には教授のボーナスを充てることもあります。

それでも研究を続ける理由は、科学者としての好奇心と人間の持つロマンティックな側面にあります。好奇心は、科学者にとって最も基本的かつ重要な動機の一つです。好奇心がなければ、新しい発見や技術の進歩はあり得ません。科学者は、未知の領域を探索し、理解を深めることに喜びを見出します。分子性磁石の研究も、既存の知識を超えた新たな知見を得るための挑戦です。実用化の困難さに直面しながらも、その中で見つける小さな発見や進展は、科学者にとって大きな励みとなります。

科学研究には、理論や実用性だけではなく、人間の情熱や夢も反映されます。分子性磁石の研究は、研究が進む中で、予期しない発見や偶然の発見が起こることも少なくありません。そうした瞬間は、科学者にとって非常にロマンティックであり、未知の領域への探究を続ける原動力となります。
分子性磁石の研究を通じて、私たちは科学の本質に触れることができます(かもしれない)。

アルミらしい


科学は、未知を探求し、新しい知識を得るための終わりなき旅です。たとえ現在の研究が実用化に至らなくても、その過程で得られる知見や技術は、将来的に他の分野で応用される可能性があります。科学者たちは、その可能性を信じて、今日も実験室で試行錯誤を繰り返しています。


ちょっと何を言ってのか分からない

サンドウィッチ

分子性磁石の研究に取り組む理由を問われると、正直なところ明確な答えを見つけるのは難しいです。しかし、人間というものは時に無意味に見えることに魅了される生き物です。私たちはロボットではないため、常に論理的に考えるわけではなく、感情に動かされることもあります。そのため、無意味に思えることにも手を出し、それが時に芸術や詩のようなロマンティックなものとなるのです。

分子性磁石の研究も同様に、その先にどんな発見が待っているのか、その過程でどんな面白いことが見つかるのかを知りたいという好奇心が私たちを突き動かしています。たとえ現時点では実用化の見込みが低いとしても、その探求の過程で得られる知見や発見には大きな価値があります。

私たちの研究室は、この未知の領域を探る旅を続けることで、新しい知識や技術を見つけ出すことを目指しています。その道中で何を得て、何を見つけられるかは神のみぞ知ることですが、その無価値に見えるものにも示す好奇心こそが、人間がここまで進化してきた鍵だと信じています。この探求心と好奇心こそが、科学の発展を支える原動力であり、私たちが研究を続ける理由なのです。

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