【小説】女子高生の帰り道 〜チャーハンご飯を添えて〜

 「ねえ、明日香。明日香って焼きそばをおかずにご飯食べられる人?」
 「無理。炭水化物に炭水化物っておかしいでしょ」
 「じゃあ焼きそばパンは?」
 「当たり前に食べられるけど」
 女子高生二人が、長い髪を揺らして夕日を背負っている。長い影を前に作りながら、明日香は後ろに手を組んで、千恵は何か考えるように顎に手を当てながら、ゆっくりと歩みゆく。
 「どうしたの急に」
 「いや、なんとなく」
 「ああ、そ」
 特に意味のあったわけでもないやり取り。それが二人にとっては日常茶飯事で、千恵の急な話題フリを明日香は気にしないようだった。
 「じゃあさ、チャーハンをおかずに白米は?」
 「焼きそばが無理なら無理でしょ」
 「たしかに…。いや、でもさ、焼きそばパンが許されるなら白米ONチャーハンも許されることにならない?」
 「ん? なぜに?」
 明日香はこいつ何いってんだとか、そういうのではなく、単純な疑問符を浮かべて首を傾げた。
 「だって、焼きそばパンは小麦粉の中に小麦粉でしょ? ならご飯の上にご飯も許されることになるでしょ」
 「それは…」 
 「たしかに」、の「た」が聞こえそうな形の口をした明日香だったが、それを追い越して「違う」の「ち」が口から出た。
 「違うな。うん、違うよ」
 「どこが?」
 千恵の問いに、明日香は後ろ手に組んでいた手を解いて、右の人差し指をピンと朱色の空に向かって立てた。
 「よくよく考えてみれば分かるはずよ。焼きそばパンは、パンという小麦粉製品に、焼きそばという別の性質を持った小麦粉製品をのせているわけ」
 「うん」
 「でも、白米の上にチャーハンを乗せるのは同じ性質のものをただ混ぜているだけということになるのよ。だから焼きそばパンが許されても、白米ONチャーハンが許されるわけではないわ」
 「あー。なるほどー。たしかに」
 千恵は大きく縦に頷いた。が、すぐに疑問が浮かんだのか、目をギョロっと空に向かせて首を傾げた。
 「んー。ということはさ、餅&白米であれば許されるの?」
 「ん? なんでそーなった?」 
 「いや、だってほら。同じ様な原材料で違う性質同士が許されるというのであれば、その二つは許されるのではと」
 「んー。なるほど」
 明後日の場所から向かってきた反論に、明日香は頭を抱えた。その通りといえばその通りなのかもしれないと、ふと思わされた様子だった。
 「そうね、ならね千恵。少し違う考え方をしてみたほうがいいかもしれないね」
 「違う?」
 「ええそうよ。違う考え方。もう少し視点をずらしてみるの。この場合、広げると言ってもいいけど」
 「広げる」
 「そう。広げるの。ほら、例えば―」
 明日香が語り始めようとした時、すぐ横をトラックが走り去った。その轟音に紛れて、彼女の声は遠く掻き消された。
 と同時に、二人の髪とスカートが軽く揺すられた。二人してその長い髪を抑える。
 「ごめん。なんだって?」
 「ああ、うん。えっとね」
 明日香は口元に握られた手を持ってくると、わざとらしく咳払いをした。
 「ほら、例えばどうして焼きそばパンという食べ物は存在しているのに、餅&白米は周知されていない、もしくはないと思う?」
 少し胸を張るようにして、自慢げに明日香は尋ねた。
 「どうして?」
 「本当に分からない?」
 「うん」
 「それはね、多分美味しくないからだよ」
 「美味しくないから?」
 「そう、美味しくないから」
 明日香は余裕の面持ちで、にっこりと、そしてゆっくりと頷いた。 
 これで理解してくれるだろうという自負が、彼女の体中、至るところから溢れ出していた。
 「で、どうして美味しくないと許されないの?」
 「え?」
 鼻高々にいた明日香を背後から刺すように、千恵の言葉は放たれた。思わぬ返答に、明日香は体勢を崩した。
 「ど、どうしてとは?」
 苦笑を浮かべて明日香は尋ねる。
 「え、どうしてって。なんでって意味だけど」
 「千恵。それはわかってる。どうして許されないのとはどういう意味だと聞いているの」
 「え? だから、なんで美味しくないという理由がイコールで許されないになるの?」
 千恵は至って真面目な顔で尋ねた。
 「そ、それは…」
 その言葉に明日香も困惑した様子で、目をあちこち行かせながら思考を巡らせていた。
 それに追い打ちをかけるように千恵が口を開く。
 「だって、美味しくないのに存在している食べ物ってたくさんあるじゃん。それなのに、餅と白米はどうしてだめなの?」
 「いや別にだめというわけではないけど…」
 「なら許されるってことでいいでしょ」
 「ま、まあ、そうなのかも…。いやでも、なんかそれは違うというかなんというか…」
 「どうして?」
 「いや、それはその…」
 返答できずにいる明日香の頭は、疑問符と困惑と求める理由とでごちゃごちゃになっていた。
 「ほら、明日香。よく考えてみて。世の中豆腐に醤油も許されているんだよ。なんなら納豆に醤油も許されている。それなのに餅&米が許されないはずがないの」
 千恵のその畳み掛けに、明日香の頭はパンクした。
 明日香はあまりの分からなさに、自分がどれだけ不甲斐ないのかとぎゅっと拳を握った。
 「ごめんっ。私には無理。どうしてとか理由なんて考え―」
 「あ、家着いたー。それじゃあねー」
 そんな明日香を置き去りに、千恵は自分の家の前につくと、すーっと生け垣の合間を抜けて飛び石を渡って、玄関へと向かった。
 最後、家に入る前に明日香の方に振り返るとにこやかに手を振った。
 「明日また理由教えてね」
 「う、うん」
 明日香は苦笑を浮かべて手を振り返す。
 千恵はまた体を翻すと、くぐった戸の向こう、石畳の広い玄関へと吸い込まれていった。
 その間ずっと明日香は手を張り続けていた。そして、千恵の姿が見えなくなった途端、そこではない何処か一点を見つめながら振っていた右手をグッと胸元で握りしめた。さらにコクリと頷くと、背負った夕陽に後押しされるように口を力強くつむって、キリッとした面持ちのまま、一歩踏み出した。
 
 翌朝、千恵の家の前に一人の女子高生が佇んでいた。彼女の目元は酷いクマで背は少し丸まり、それでも腕を組んで堂々と仁王立ちするその姿は、とても勇ましかった。  
 「あ、おはよう明日香」
 千恵が玄関から飛び石を一つ飛ばしに渡り、明日香のもとへと駆け寄った。
 「ああ、おはよう」
 突如として吹いた横風が、なびく旗のように明日香の髪を横に流した。誘われ舞う葉はその風を形どる。
 「あれ、明日香どうしたの? すごいクマだけど」
 「ああ、昨日少し夜更かしをしてしまってね」
 「そ、そう…。口調は一体…」 
 引け気味に千恵は尋ねる。
 「なあに、気にすることないさ。さあ、学校へ行こうか」
 「う、うん」
 ドシドシと音が聞こえるほど強い足取りで、明日香は歩き始めた。そのすぐ横、千恵は昨日までと余りに異なるその姿に心配そうになりながら、怪訝そうにして歩いていった。
 「そういえば千恵。私、一晩中昨日あんたが言っていたことを考えていたのだよ」
 「そ、そう」
 「今朝方、昇り来る太陽に照らされた瞬間、私の脳に何者かが語りかけてきたんだ。そしてその時、ようやく答えに辿り着いたんだよ」
 「そ、そうなの」
 交差点の信号で二人立ち止まる。コンクリートの割れ目から真っすぐ伸びる雑草はすぐ側を風切る車に幾度となく揺らされている。
 それを真ん中に、二人向かい合わせになった。
 「聞いてくれるか」
 「う、うん。そうだね。聞きたい…かな」
 もはや怯えた様子で千恵は答えた。
 「そうかそうか」と明日香は二回頷くと、話そうと息を吸い込んだ。
 「あ、ねえ。ところで昨日の話って? どんな話のことなの?」
 決して振りではない。明らか正直に、千恵はとぼけた様子で尋ねた。
 パリンと、明日香の被った皮が砕け散った。
 「ううん。やっぱなんでもないわ。ほら、信号変わったよ」
 二人はまた、歩き出した。
 「またか…」
 ため息混じりに明日香の口から言葉が漏れる。落ちた肩、心なしか、丸まったその背中は悲壮を纏っているようだった。
 「ん? なにか言った?」
 「いや、なにも」
 尋ねる千恵に笑う明日香。けれどその目は妙に細く、その奥の感情が隠れているようだった。
 「そう。ならいいけど。さっきまでなんか変だったけど大丈夫?」
 「うん。大丈夫よ」
 「ならよかった」
 ニッコリと千恵は笑顔を咲かせた。季節外れの桜が咲いたようだった。
 「ねぇねぇ、明日香。そういえばさ―」
 咲かせた笑顔の花弁を散らし、千恵はまた紅い口を開く。繰り返し開く。
 明日香はその度頷いて言葉を返す。繰り返し返す。
 日は昇ったら沈みゆく。それもまた繰り返す。
 学校の帰り道なのか、制服姿の女子高生二人が夕日を背に歩いている。
 歩きながら一人が口を開いた。
 「ねえ、明日香。明日香って焼きそばをおかずにご飯食べられる人?」
 
 
 
 
 

 
 
 
 
  
 

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