4年後の私たち
見てくれている方、いつもありがとうございます。ナチュロパシー目指している、あけナースです。
最近仲良い日本の友達がオーストラリアのサンシャインコースト というところから引っ越してきました。
私たちはサンシャインコースト大学のEAPコースで出会いました。
私たちのIELTSレベルは5.0
同じクラスのスタートでした
当時友達は19歳、高校卒業したて。
私は33歳、独身なので今後何しようかなと思い、オーストラリアの看護師なろうかなって感じで、やってきたサンシャインコースト。
友達はEAP2を終え、アニマルエコロジーという学科に進学。
私はEAP3までいかないといけなかったのですが、まさかのEAP2で落とされるっていうww
関西外大が泣いてるwww
そして、そのタイミングでオーストラリアの制度が変わり、まさかの看護コースのIELTs引き上げ。
なんてこった。今となっては良かったけど。
その後、一旦ビザ切れるので私は日本へ帰国。
私は日本で、友達はオーストラリアで過ごす事になります。
コロナもあり、それでも連絡はとっていました。
もう家族のような存在。
EAPにはほぼ毎日顔合わせるし、みんな家族もいない留学生、しかも英語力同じレベルなので、ほぼ毎日ご飯食べたりみんなでしてました。
そんな友達が今年大学を卒業。
ほんの1ヶ月前、バリスタになることを決めました。
バリスタを本気でしたいなら、期間決めて、メルボルンに来て、学んだ方がいいよ!とアドバイスすると、彼は決意を決め、先週メルボルンにやってきました。
そして、今私たちは
2人でご飯食べながら、メルボルンで2人こうなってるって想像4年前は出来てなかったよね。って笑いながら話しました。
たった4年前、されど4年前。
私はオーストラリアの看護師になろっかなーと思っていた。
彼は高校卒業後すぐ、オーストラリアの動物生態学を学びに来ていた。
お互い初めての海外での生活。
沢山助け合い、いろんな時間を共有して、年は違えど、歳の差は感じず同級生という感じ。
現在
私はナチュロパシーの4年生。バリスタになっている。
彼はアニマルエコロジーを卒業して、その方面への興味が今は少し薄れた。
サーフィンができるようになった。
今やIELTSは、ためにしに受けたら7.0取ってきた。恐るべし、若者の吸収力。大学で日々頑張ってきた証なんでしょう。
そして、バリスタへの熱が上がり、その道へ奮闘することを選んだ。
そして、私たちは日本ではなく、オーストラリアのメルボルンでまた再会し、
それぞれが自分の進む道を選んだ。
人生を一本の線で例えると、交差した時に出会うと私は思っていて、誰1人一生一緒は無い。交わったり、離れたりするのが人との出会いで、環境や状況によって変わる。
この友達と人生の交差地点が2回もあるってほんとすごい事だなぁとしみじみした最近でした。
ただただ仲良い子が近くにいるだけで、さらにメルボルン楽しめそうです。
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