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幼女居酒屋 ~社畜が幼女に愚痴るだけの物語~ 第3話 炒飯

■ 街 夕方

 繁華街の通りをふらついた足取りで歩く陽。
 全身汗だくで、息を切らしている。

陽「初夏とはいえ、この暑さは異常だろ……」

 その時、陽の横を笑顔で談笑している二人の高校生が通り過ぎる。
 陽は歩きながら振り返り、通り過ぎた高校生を見る。

陽〈あの頃のオレは無邪気に夢ばっかり見ていたっけか〉

 陽の脳裏に夢を追いかけていた頃の自分の姿がフラッシュバックする。
 漫画家を目指していた子供の頃の記憶を思い起こす。
 しかし、高校を卒業する頃には現実を知り始める。
 
陽〈夢はいつか必ず覚めるもの……オレはどうしてそんな簡単なことに気付かなかったんだろうな?〉

 陽は漫画家の道を諦め、挫折した時の記憶を思い起こし、辛そうに唇を結ぶ。

陽「あー、止め止め。久しぶりに早く帰れたんだ。もっと楽しいことを考えないと」

 その時、陽の脳裏に桜花の姿が過る。

陽「行くか……」

■ 公園 夕方

 公園の中を覗くと、既に桜花の屋台があった。
 陽は瞳を輝かせると、意気揚々と屋台に顔を出した。

陽「桜花ちゃん、来たよ!」

 陽が屋台の中を覗き込むと、桜花が汗だくになってうなだれている姿が入ってきた。

桜花「あ……お兄さん、いらっしゃい……こんなに暑い中、来たんですねぇ」

陽「桜花ちゃん、汗だくだけれども大丈夫かい?」

桜花「はいい……何とか……」

 桜花はふらつきながらも立ち上がる。

陽「こんな猛暑だしさ、暑くて具合が悪ければ休んだらどうだい? 無理をしたら身体を壊しちゃうよ?」

桜花「私が働かないと、お母さんがホストクラブに行けなくなりますし、頑張らなきゃ」

 桜花は息を切らせながらガッツポーズをとって見せる。
 陽は桜花の言葉を聞いて胸が切なさで一杯になった。

陽「せめてオレがいっぱい飲んで売り上げに貢献してあげるからね」

桜花「ありがとうございます、お兄さん。さ、今日は何にしましょうか?」

陽「まずはビールをお願い。後は、今日のお薦めは何だい?」

桜花「今日は熱々の中華料理がお薦めですよ」

 桜花は笑顔でそう言うと、陽の前にジョッキを置く。

陽「こんな暑いのに熱々の中華? 冷やし中華とかじゃなくて?」

 陽は目を丸めながら、一気に生ビールを喉に流し込む。

桜花「こんな暑い日だからこそですよ。暑い日に炒飯とかを作るとですね、ちょうどいい塩梅に仕上がるんですよ」

陽「それは何故?」

桜花「汗が中華鍋に垂れ落ちて、それがほどよい塩分になるんです」

 桜花はニコッと満面に笑みを浮かべた。
 陽は思わずビールを噴き出す。

陽「マジ?」

桜花「冗談ですよ。真面目に受け取らないでくださいな。これは中華の料理人さんの鉄板ネタなんです。まあ、笑ったことはないですけれども」

 陽は桜花が汗だくで炒飯を作っている光景を想像する。
 炒飯の中に桜花の光り輝く汗が入る光景を妄想し、陽は頬を緩ませる。

陽「桜花ちゃん、炒飯を一つお願い」

桜花「お兄さんってば、変態さんなんですか? そんなに桜花の汗入り炒飯が食べたいと?」

 桜花は顔をしかめながら一歩後退る。

陽「いやいや、そうじゃないって! 炒飯の話を聞いたら急に食べたくなっただけだってば」

 陽は汗だくになりながら必死に弁解する。

桜花「まあ、私も商売ですし。ご要望があれば喜んでお作りしますよ」

陽〈やった!!!!!〉

 陽は心の中でガッツポーズをとった。

桜花「それじゃ、お米丸、お願いするね」

陽「お米丸?」

 陽が首を傾げていると、屋台の中からお米丸がひょっこり姿を現す。
 陽は固まったまま、目だけを動かして突然現れたお米丸を見る。

お米丸「ごじゃるうううう!」

 お米丸は自分より遥かに大きな中華鍋を取り出すと、手慣れた手つきで炒飯を作り始めた。
 その時、お米丸の汗が中華鍋の中に滴り落ちた。
 炒飯が完成すると、お米丸は皿を頭上に持ち上げながら陽の元まで運んでいく。

お米丸「ごじゃる!」

 お米丸は満足気な表情を浮かべながら陽の前に炒飯を置く。

桜花「お米丸はお米の神様なので、お米料理は全て任せているんですよ」

陽「うん、それ、以前にも聞いたよ」

 陽はがっくりとうなだれながらレンゲで炒飯を一口食べる。

陽「ほどよい塩梅でめっちゃ美味しい」

 陽は何故か悲しそうに炒飯をかき込んだ。

陽〈幻覚が見えるだなんて、相当疲れているな。もしかしたら、オレ、このまま過労死するのかも?〉

 陽は深く嘆息した。

 それからしばらくして、夜が訪れた。
 その頃には陽は10杯程度の生ビールを飲み干し、酔って上機嫌になっていた。

陽「桜花ちゃん、もう一杯」

桜花「お兄さん、その辺で止めておいたほうがいいですよ?」

陽「大丈夫だって。オレ、桜花ちゃんの売り上げに貢献したいんだからさ」

桜花「お気持ちは嬉しいですけれども……お兄さん、もしかして嫌なことがありました?」

 陽は桜花にそう言われて、陽は漫画家になる夢を挫折した記憶を思い出す。

陽「いや、そういう訳はないんだけれどもさ。今日、何気に子供の頃に思い描いていた夢のことを思い出しちゃって」

陽〈あれ? オレ、何を言っているんだろう?〉

 陽は心とは裏腹に口が軽くなり、つい、挫折した自分の夢のことを語り始めてしまった。

陽「オレはね、昔、漫画家になりたかったの」

桜花「漫画家? 凄いじゃないですか」

陽「いやいや、全然だよ。だって、大学生の時、諦めちゃったんだからさ」

 陽は大学生の時、何度も自分の漫画原稿を編集部に持ち込み、その度に辛辣な評価を受けて原稿を突き返されたことを思い出す。
 周りで就職活動が始まった頃、陽は漫画原稿を本棚に乱雑に放り込み、以来、社畜として日々を過ごしているまでの記憶を脳裏に過らせた。

桜花「何で諦めたんですか?」

 ポカンとしながら、桜花は陽に訊ねる。
 陽は苦笑しながら桜花に話し始めた。

陽「現実をね、思い知らされたからさ。それに、いい大人が夢にしがみついているのも格好悪いでしょう?」

桜花「私は素敵だな、って思いますけれども?」

 陽は桜花の意外な返しに固まったまま視線をさ迷わせた。

桜花「大人になっても夢を追いかけるってのは、それだけ強いってことの証明なんだと思います。大抵の人は大人になる前には夢を諦める前に忘れちゃうんですよ」

 陽はハッと両目を見開く。子供の頃、同じ夢を抱いていた友人が何人もいた。しかし、彼等は高校生になった頃にはとっくにそのことを忘れていて、いつしかすれ違う様になっていった。

桜花「夢にしがみつく。結構な事じゃないですか。野垂れ死にを覚悟で夢を追いかけるだなんて、誰にも出来ることじゃありません。だから、私は思います。格好いいって」

 陽は姿勢を正すと、肩を震わせながら桜花を見つめた。

陽「オレ、また追いかけてもいいのかな? 今から走り始めても遅くないかな?」

桜花「周回遅れのトップランナーでもいいじゃないですか」

 桜花の一言で陽の全身に衝撃が駆け巡った。

陽「桜花ちゃん、お勘定お願い」

桜花「もう一杯飲むんじゃなかったんですか?」

陽「思い立ったが吉日ってね。桜花ちゃん、ありがとう。オレ、もう一度頑張ってみるよ」

桜花「頑張ってくださいね、お兄さん」

 陽は会計を済ますと、その場を立ち去る。
 すると、桜花が陽を呼び止めた。

桜花「お兄さん、挫けそうになったらいつでもいらしてください。いつでも私が頭を撫でて慰めてあげますからね」
 
 陽は頬を緩ませると桜花に手を振った。

陽「その時は遠慮せず来させてもらうよ」

桜花「私はずっとお兄さんの味方ですからね。漫画、完成したら私にも読ませてください。約束ですよ!」

陽「ああ、分かった! 約束するね」

 そうして、桜花は陽の姿が見えなくなるまでいつまでも手を振り続けた。

■ 陽の自宅アパート 夜

 陽は家に帰ると、本棚に詰め込んであった未完成の漫画原稿をテーブルの上に置く。

陽「ようし、やるぞ!」

 陽は意気揚々とそう言うと、すぐにベッドの上に寝転んだ。

陽「明日から……!」

N〈結局、漫画原稿が完成することはなかった〉

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