八重桜の花嫁 第1話 『若返りの園』 コミックシナリオ

■あらすじ
 水無月に咲く八重桜の前で二人は愛を誓う。
 しかし二人は気づかない。桜の花の命は短く儚いことを。
 世界にとある奇妙な死病が蔓延した。老人のみが発症する不治の病で見た目が若返ることから『若返り病』と呼ばれる。そんな患者を専門で世話をする者を終末介護士と呼んだ。
 林柚葉も終末介護士を目指す福祉高校の生徒。ある日、柚葉は実習の為に紫苑園に訪れる。紫苑園の矢代園長は柚葉に絶対順守のルールがあることを告げる。
 それとは、ここで恋をしてはならない、というものだ。
 柚葉はそれを職場恋愛を禁じるものであると思った。しかし、後に柚葉はそのルールの真の意味を思い知ることになる。

■ 本編 第1話 『若返りの園』

■ 八重桜の前 朝

 朝陽に照らされる八重桜の下に二人の若い男女の姿がある。
 一人は羽織に足袋、雪駄といった和服スタイルの男性。髪の色は輝く白銀。端正な顔立ちに穏やかな笑みを浮かべている。名前を古場大和。
 一人はメイド服のような介護服を着用した若い女性。名前を林柚葉。
 二人は互いに見つめ合い瞳を潤ませている。

大和「柚葉さん。私の残りの人生をもらっていただけますか?」

柚葉「はい、喜んで」

N〈林柚葉18歳と古場大和88歳。年の差70歳の夫婦の誕生であった──〉

 二人の唇が触れ合った。
 時間は少し遡る。

■ 千鶴福祉高校 教室 放課後 夏休み前

 自分の席で進路希望調査票を真剣な眼差しで見つめている柚葉。

柚葉「よし」

 そう言って、柚葉は第一志望の欄のみ記入し、それを満足げに眺める。
 すると、そこに柚葉の友人の下沢明菜がやって来る。

明菜「柚葉。進路希望調査票はもう書いた?」

柚葉「ええ、私、終末介護士になるわ」

明菜「え⁉ マジなの? なんでよりにもよってそれなの⁉」

柚葉「決めていたの。私、あの病気になった人達のお世話をするって。それが夢なのよ」

明菜「柚葉、考え直した方がいいよ? 病気がうつったらどうするつもり?」

 明菜は心配そうに柚葉を見つめる。

柚葉「それは根も葉もないただの噂よ。何の医学的根拠のない都市伝説の類だわ」

明菜「でも……」

柚葉「それに、あの病気は70歳を過ぎないと発病しないと言われているわ。だから、万が一にも私が感染しても、症状が出るのは70歳のお婆ちゃんになってからよ。だとしたら素敵なことじゃない?」

明菜「私は普通に老いて死にたい派だから分からないわ。それに、発病したら一年以内に必ず亡くなっちゃう病気なんでしょう? 私には無理」

柚葉「はいはい。別に明菜も一緒に来てとは一言も言ってませんよ。それに、普通の介護職よりもお給料も倍以上違うから、お母さんに楽をさせてあげられるしね」

明菜「そっか。柚葉のお家は大変だもんね。分かった。親友の夢を応援しようじゃありませんか」

 明菜はおどけたようにそう言って笑顔を作った。

柚葉「それじゃ、夏休み明けにまた会いましょう。お互い、長い実習生活になるから頑張ろうね」

■ 定期バス 車内 朝

 柚葉は席に座り頬杖を突きながら窓の向こう側に広がる景色を眺めていた。
 周囲の景色は緑一色で、建造物の類は一切見られない。

柚葉〈噂には聞いていたけれども、まさかこんな山奥に施設があるだなんて。これは休日は何も期待できないわね」

 柚葉はスマホを取りだし、電波があることを確認する。 

柚葉〈スマホの電波が通じるだけまだマシと思わないと〉

 すると、車内から「紫苑園前」というアナウンスが流れる。
 柚葉は降車ボタンを押し、バスを降りた。

■ 紫苑園 前 朝

 紫苑園の出入り口前には鉄門がそびえ立っていた。門の端には守衛室が見えた。
 柚葉は守衛らしき中年男性に声をかける。

柚葉「あの、すみません。私、千鶴福祉高校から参りました林柚葉と申します」

守衛「ああ、聞いているよ。実習に来た学生さんだろ? 遠いところをご苦労様」

 守衛の男性は人懐っこい笑みを浮かべながら柚葉に話しかけた。

柚葉「本日よりお世話になりますので、どうぞよろしくお願い致します」

守衛「いいや、違うよ。君が施設利用者さんのお世話をするんだろう? 色々と大変だろうけれども頑張ってね」

 守衛はそう言って守衛室にある開門ボタンを押す。
 鉄門は見た目とは裏腹に軽々と音もなく開いた。
 柚葉は開いた鉄門を見て、よし! と気合を入れ直した。

■ 紫苑園 園長室 朝

 柚葉は学校制服からメイド服のような介護服に着替えた後、園長室の前で佇んでいた。
 そして、一度だけ深呼吸をした後、ドアをノックした。

矢代「どうぞ」

 部屋の中から声が聞こえ、柚葉はドアを開ける。

柚葉「失礼します」

 園長室に入ると、そこには英国紳士風の若い男性が佇んでいた。ブラウンの整った短い髪。手には白の手袋をしており、優し気で柔和な笑顔を端正な顔立ちに浮かべていた。
 彼の名前は矢代昌道やしろまさみち。この紫苑園の園長である。

柚葉〈凄く綺麗な男性……〉

 柚葉は思わず矢代園長に見惚れてしまい頬を赤く染めた。

矢代「やあ、初めまして。ボクはターミナルケア専門の国家指定特殊老人ホーム紫苑園の園長をしている矢代昌道やしろまさみちと申します」

柚葉「は、初めまして! 私、千鶴福祉高校から参りました林柚葉と申します。今日からお世話になりますので、どうぞよろしくお願いします!」

 柚葉は我に返ると、慌てた様子で頭を深々と下げる。

矢代「はい。こちらこそ。本日より二週間の住み込み実習となりますが、その前にここで絶対に守ってもらいたいルールについて話しておこうと思います」

 矢代園長はにっこりと笑いながら言った。

矢代「ルールは到って簡単。ここで恋はご法度です。いいですね? 絶対にここでは恋をしてはいけませんよ?」

 矢代は目を細めながら柔らかい物腰でそう言った。

柚葉〈恋にうつつをぬかして仕事をおろそかにしてはいけないってことよね?〉

柚葉「はい、分かりました!」

矢代「あと、林さんも分かっているとは思いますが、ここで暮らしている利用者様は全員、特殊な事情を持っておいでです。なので、普通の介護施設とは違い、終末介護士一人につき施設利用者様お一人を付きっきりでお世話をしていただくことになります」

 すると、矢代園長はそれまで浮かべていた柔和な笑みを消し、猛獣の様な険相を浮かべた。
 そのギャップの落差に、柚葉は驚き硬直する。

矢代「林さん、ちゃんと覚悟をするように。生半可な気持ちでは終末介護士は務まりませんのでね。可能ならば、一日で逃げ出さないよう願います」

柚葉〈やっぱり終末介護士の仕事って大変なのね。でも、私、絶対に挫けません!〉

 柚葉は心の裡で闘志を燃やした。
 矢代園長は再び元の柔和な笑顔を浮かべながら話し始めた。

矢代「本当なら、これから林さんの指導担当をする終末介護士さんと顔合わせをする予定だったんですが……」

 矢代園長は困ったように頭に手を置く。

矢代「先程、少々問題が発生しまして、指導担当の者が席を外しております」

柚葉「それでは、しばらくの間、待機していればよいのでしょうか?」

矢代「いえいえ、こちらの都合で林さんの貴重な実習時間を無駄にするわけにはいきません。なので、いきなりですが早速実習に入っちゃいましょう。今からご紹介する施設利用者様のお世話を林さんにお願いしようと思います」

柚葉「へ⁉ それって大丈夫なんですか?」

 柚葉は戸惑いの表情を見せる。

矢代「大丈夫ですよ。林さんがお世話をする方はとても優しくて素敵な方ですので」

柚葉〈いや、そういう意味じゃなくて……そんないい加減でいいの⁉〉

■ 紫苑園 施設内 古場大和の部屋の前

 矢代園長と柚葉の二人はとある部屋の前に佇んでいる。
 矢代園長は静かにドアをノックする。

大和「どうぞ」

矢代「古場さん、失礼します」

 矢代が部屋の中に入ると、柚葉も「失礼します」と言いながらその後に続いた。
 部屋の中には長い白銀の髪をなびかせた若い男性が佇んでいた。背中までかかった長く美しい黒髪。新雪の様に白く滑らかな肌。思慮深げな切れ長の瞳には柔らかい笑みが常に浮かんでいた。まるで神話世界の住人みたいな美貌の持ち主だ。見た目の年齢はどう見ても二十代前半くらい。彼の名を古場大和。
 大和を見た瞬間、柚葉の心は大和に奪われた。胸の鼓動が大きく弾け、呆然としながら大和を見つめた。

■ 世界観ナレーション

『ある日、とある奇病が世界中に蔓延した』
『余命いくばくもない老人が二十代前半まで見た目のみ若返ってしまう現象』
『若返り病である』
『当初、それは人類が死を克服した奇跡だと人々は歓喜した』
『しかし、それは希望ではなくただの絶望であることを、人類はすぐに思い知ることになる』
『致死率百%の不治の病。それがこの奇病の正体であった』


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