八重桜の花嫁 第2話『向日葵 ~貴女だけを見つめる~』コミックシナリオ
■ 第2話 『向日葵 ~貴女だけを見つめる~』
■ 紫苑園 古場大和の部屋
柚葉は大和の美貌に見惚れて放心状態に。
矢代園長はトントン、と放心状態の柚葉の肩を指で叩く。
矢代「柚葉さん、大丈夫ですか?」
柚葉「え? あ、はい! すみません、大丈夫です!」
我に返った柚葉は慌てて矢代園長に返事をする。
矢代「顔が赤いようですが、風邪ですか?」
柚葉は驚いたように自分の両頬を両手で押さえる。手のひらに熱を感じ、ようやく自分の顔が熱を帯びていることに気づく。
柚葉「風邪ではありませんのでご安心を!」
大和「八重……?」
その時、大和は柚葉に別の女性の面影を重ねた。そして、狼狽したように顔を強張らせると、柚葉を見つめながら小さく呻くようにそう呟いた。その表情は悲哀と懐古が入り混じっていて、唇がわなわなと震えていた。
狼狽し、動揺している大和の状況に二人は気づかなかった。
大和は柚葉に何かを言いかけるも、出しかけた言葉をグッと飲み込み、再び穏やかな相貌に戻した。
大和「矢代園長。この可憐なお嬢さんを私に紹介していただけませんか?」
大和は目を細めると、柔和な笑みを口元に浮かべながらそう言った。
柚葉〈可憐? それって私のこと???〉
柚葉は心の裡で嬉しさのあまり舞い上がる幻を垣間見た。
矢代「こちらは林柚葉さん。終末介護士の実習にいらっしゃった学生さんです。今日から二週間、彼女も一緒に古場様のお世話をさせていただきますので」
柚葉「は、初めまして! 林柚葉と申します。不束者ですが、精一杯、古場様のお世話をさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします!」
大和「林柚葉……そうですか」
大和は一瞬だけ落胆したような表情を浮かべた後、すぐに口元に柔和な笑みを浮かべながら柚葉に右手を差し出してきた。
大和「古場大和と申します。柚葉さんとお呼びしても?」
柚葉は大和の手を握る。その時、柚葉は緊張と動揺のあまり、とてつもない言い間違いをしてしまう。
柚葉「も、も、もろちんです!」
その瞬間、矢代園長と大和は笑顔のまま固まる。
すると、柚葉はすぐに自分の言い間違いに気づき、恥ずかしさのあまり全身が真っ赤に染まる。
柚葉〈いやあああああ⁉ 私ったらなんて言い間違いを⁉〉
柚葉は心の裡で恥ずかしさのあまり悶え苦しんだ。
柚葉「ち、違います! もちろんですと言いたかったんです! 別にお二人にセクハラをしたかったわけでは……」
柚葉が慌てて弁明すると、矢代園長と大和は同時に噴き出した。二人とも可笑しそうに笑っていた。
矢代「林さん、落ち着きなさい。言い間違いは誰にでもありますよ。だから、そんなに慌てないで……」
矢代園長はそう言いながらも、再び思い出して噴き出してしまう。
柚葉〈お願い。誰か私を殺して……!〉
大和「それじゃ、改めまして柚葉さん。短い間になるとは思いますがよろしくお願いしますね」
柚葉「はい! こちらこそ精一杯お世話させていただきますのでよろしくお願いしますね、古場さん!」
大和「よろしければ私のことは大和と呼んでください。その方が私も嬉しいので」
柚葉「はい! 分かりました、大和さん!」
柚葉はにっこりと微笑んだ。
その時、大和は再び柚葉に別の女性の面影を重ねる。
大和〈やはり似ている……〉
大和は思わず悲しむような表情で柚葉を見つめてしまった。
柚葉はそんな大和の様子に気づき、心配そうに話しかけた。
柚葉「大和さん、どうかなさいましたか?」
柚葉に声をかけられ、大和はハッとなって我に返る。
大和「いえ、なんでもありません。年齢のせいか、時々こうしてよくボーっとすることがあるんですよ。ですので、あまり気になさらないでください。こう見えて私はもう88歳ですので」
柚葉は改めてその事実を前に衝撃を受ける。
柚葉〈忘れていた。大和さんは若返り病の罹患者だったんだっけ〉
● 世界観ナレーション
『若返り病を発症した者は全員、ターミナルケア専門の国家指定特殊老人ホームに入所することが法律によって定められていた』
『これは言うなれば強制的な隔離措置であった』
『そして、若返り病罹患者を専門に介護、補助する特殊介護職従事者のことを終末介護士と呼んだ』
──ナレーション終了。
矢代「基本、古場様は身の回りのことはご自分で全て出来ますので介護の必要はありません。林さんには終末介護士として一番求められていることをお願いいたします」
柚葉「一番求められていること……」
柚葉は脳裏に学校で習ってきたことを思い出す。
柚葉〈終末介護士はただの介護士じゃない。施設利用者様の心を癒すことが一番に求められている……!〉
柚葉は真剣な面持ちになると、大和を見つめながら言った。
柚葉「私が大和さんの癒しになれるよう全力でお世話させていただきます!」
すると、大和は柚葉の言葉を聞き、驚きに大きく両目を見開いた。
そして、すぐに目を細め、嬉しそうに微笑む。
大和〈ああ……私はなんて幸せ者だろうか。まさか死ぬ間際にまた君に会えるだなんて〉
大和の目の前には、柚葉と同じ笑顔を浮かべた着物姿の女性の幻影が現れていた。
大和「柚葉さん……貴女はまるで向日葵のような方ですね」
柚葉「向日葵……ですか?」
柚葉は目を丸める。
大和「明るく朗らかな笑顔がまるで向日葵のように輝いていて、見ているだけで心が癒されます。私は向日葵が大好きなんですよ」
そう言って大和はクスっと微笑んだ。
そして、一方の柚葉は一瞬だけ言葉の意味が理解できずに呆けたような顔をした後、すぐにボンっと爆発したかのように顔を真っ赤に染めた。
柚葉〈その笑顔と殺し文句に、私、今にも心臓が止まっちゃいそう〉
柚葉は心の裡で悶え苦しむのであった。
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