八重桜の花嫁 第3話『第三話 クチナシ ~喜びを運ぶ~』コミックシナリオ

■ 第3話『第三話 クチナシ ~喜びを運ぶ~』

■ 紫苑園 庭園 

 園内にある庭園を散歩している柚葉と大和。
 二人は一言も言葉を交わさずただ黙って静かに歩いている。
 柚葉の表情は緊張のあまり強張っている。頭の中では必死に会話の糸口を探しているが、どうしても話しかけるタイミングが計れずにいた。

柚葉〈緊張のあまり言葉が思い浮かばないわ……〉

 柚葉はチラッと大和の横顔を見る。穏やかな日差しに照らされ、大和の白銀の髪が宝石のように輝いているのが見えた。大和の美貌も相まって、柚葉の鼓動が大きく弾ける。

柚葉〈まさか初めてお世話をする方がこんなイケメンさんだなんて聞いていないよ〉

 柚葉は恥ずかしそうに頬を赤く染めると、目線を下に落とす。
 その時、柚葉の脳裏に矢代園長の言葉が過る。

矢代『今日は良いお天気です。お互いのことをよく知るためにも、庭園などを散歩してみてはいかがでしょうか?』

柚葉〈これじゃ、まるでデートじゃない。実習初日にまさかこんなことになるだなんて〉

大和「柚葉さんは何がお好きですか?」

 不意に大和に話しかけられ、柚葉はハッと顔を見上げる。視線の先に大和の優し気な笑顔が見えた。
 大和の美貌を直視してしまった柚葉は顔を真っ赤に染め上げる。慌てて大和から目線をそらし、質問の答えを必死に頭の中で探す。

柚葉「あ、あ、あの、その……食べ物とかですか⁉」

 すると、大和は一瞬だけ目を丸めると、プッと噴き出した。

大和「いえ、お花の話ですよ」

 大和はそう言って、周囲を見るように促す。
 柚葉は周囲を見ると、そこには様々な花が咲き乱れているのが見えた。

柚葉「凄い……まるでお花のテーマパークのよう」

 柚葉は瞳を輝かせながら呟いた。

大和「この庭園には四季折々さまざまなお花が咲いているんですよ。もっと奥の方に行けば私の大好きな向日葵も沢山咲いています。それで、柚葉さんも何か好きなお花はありますか?」

柚葉「私の大好きなお花はクチナシです」

 柚葉は即答すると、にっこりと微笑んだ。
 その時、一陣の風が吹き、二人を優しく凪いだ。
 
大和「え?」

 大和は驚いたように目を見開いて柚葉の横顔を見つめた。
 柚葉は大和に驚いた表情で見つめられていることに気づかず、近くで咲いていたクチナシの白い花を嬉しそうに見つめていた。

大和「それは何故ですか?」

柚葉「喜びを運んでくれるから……」

 柚葉がそう呟いた瞬間、大和は再び柚葉に別の女性の姿を重ねた。 
 大和は唇を震わせながら、目の前に現れた女性の幻を凝視する。

柚葉「あ、それがクチナシの花言葉なんですよ。子供の頃、祖母にその話を聞いた時から好きになっちゃって。そして、このクチナシが私が終末介護士を目指すきっかけにもなったんです」

 大和はハッと何かに気づき、息を呑み込む。

大和「柚葉さん。もしかして、貴方の御婆様のお名前は……」

 その時、施設の出入り口にある鉄門の方角から騒ぎ声が聞こえる。
 二人は一斉に鉄門の方角に振り返った。
 鉄門の向こう側にプラカードを持った集団が見えた。拡声器を使って何事かを喚いているのが聞こえた。

柚葉「あれは……なに?」

 柚葉は異様な集団を遠目に見て微かに表情を曇らせた。

大和「人間の弱さ、とでも言いましょうか? 彼等はただ臆病なだけの集団ですよ」

柚葉「それはどういう意味ですか?」

大和「彼らは我々が怖いのです。もしかしたら、自分達にも病気が感染するかもしれないと、若返り病罹患者の合法的絶滅を訴えに来ているんです」

 柚葉は大和の言葉に表情を驚きに強張らせる。それには怒りの色が浮かんでいた。

大和「人類を未知の病から救うという使命感を大義名分にして、ああやって定期的に抗議のデモをしに現れるんです。感染者を殺せ。施設を破壊して滅菌しろ。人類の為に自殺しろ、等々。概ね彼らの主張はそんな内容です」

柚葉「そんなのってあんまりです! 別にこの病気は伝染病でも感染症でもないですし、罹患者と接触したからって問題はないはずです!」

大和「恐怖が人間から正常な判断を奪うのです。いつの時代もそれは同じなのでしょう」

 大和の脳裏に、戦争の記憶が過る。戦場では狂気と死が蔓延していた。デモを行っている集団と兵士達の姿が重なる。

大和「だから柚葉さんもあまりお気になさらないでください。言いたいことを言ったら、彼等はすぐに帰りますから」

 すると、柚葉は大和の手を取ると、両手で掴みながら真剣な眼差しで大和を見つめた。

柚葉「私は怖くありません! ずっと大和さんの、皆さんの味方ですから!」

 柚葉の瞳が潤いを帯び、今にも泣きそうになる。その表情は悲しんでいるとも、怒っているようにも見えた。柚葉の心の中は理不尽に対する怒りと悲しみで溢れかえっていた。

大和「柚葉さん……ありがとうございます。その言葉だけで私達は救われます」

 大和は目を細めると、目頭を熱くさせながら微笑する。

大和〈柚葉さん。やっぱり君は何もかもあの女性に瓜二つです……〉

 その時、鉄門から破壊音が響き渡る。
 二人が驚いて見ると、鉄門が重機によって破壊される光景が見えた。
 抗議デモの集団はたちまち狂気にかられた暴徒と化し、園内に侵入して来た。
 怒号と共に、暴徒が柚葉と大和に襲い掛かった。

柚葉「大和さん、逃げて!」

 柚葉は咄嗟に大和を庇う様に両手を広げて暴徒の前に立ちはだかった。

大和「柚葉さん!」

 その時、大和の悲痛な叫びは暴徒の怒号によってかき消された。

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