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インド雑記 〜多言語国家インド〜

2023年12月に初訪問した南インドの旅日記。
何だかんだと日々の雑事に追われて、月に1回記事にするのが精一杯となっています。
それでも、日々たくさんアップされる記事の中から見つけて読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
今日は、インドの言語について感じたことを記事にします。

インドに渡るまで、インドの言語についてイメージしていたことがいくつかありました。
インドは英語が共通語である
インド英語は独特の訛りがあって聞き取りづいらい
インドの公用語はヒンディー語である
こういったことをイメージしていました。

インド人の男性はターバンに口髭、女性はサリーを着ている。
外国人には英語で話し、額には毎日の祈りの証であるビンディーが施されている。
そういったイメージもありました。
私は大学で仏教学を専攻していたこともあり、インドに留学していた教授から、
「インド人は自分の持ち物と他人の持ち物の区別がない。
勝手に私の新聞を私の断りもなしに持っていき、
悪びれもせず自分のものにしていた。
それがインド人。腹立たしい!」
という話も聞いており、勝手に持ち物を持っていかれたらどうしよう!とも内心思っていました。

さて、インドに行ってみてどうだったか。
インド英語は、本当に聞き取りづらいし、何を言っているのか分からないことが多かったです。
美しいインド訛りのない英語を話す女性にお一人遭遇しましたが、それ以外は全くもって聞き取れない。
身振り手振りと指差しでなんとか意思疎通を図る始末。
それは入国審査の段階から始まります。
審査官が何を言っているのか分からない。
入国審査ではビザの確認と指紋の採取があるのですが、なぜか私の指紋は読み取り機械がさっぱり検知してくれない。
焦る私。
無表情で何か捲し立てる入国審査官。
何度も手のひらの指紋を審査官に見せ、指紋を読み取らせてみたものの…
最後はしっしっと審査官に手を振られ、入国。
「あー、何言われたかさっぱり分からなかった!
これからどうなるのだろう」
と、入国できたけど前途多難、といった気持ちになりました。
国内線でのセキュリティチェックでも、女性係員が何かを言っている…聞き取れない…と苦戦していると、
「あなた日本人?仏教徒でしょ?私は北東部インドの出身で、仏教徒なの」
と言っていました。
苦戦するインド英語ですが、通じ合った時にはとびきりの笑顔を見せてくださる。
私も思い切り笑顔で返す。
結局、「あー楽しい!!」と思える私がいました。

インドに行く前は公用語は英語としか思っていなかったのですが、
ヒンディー語と英語が大きな枠での公用語で、実際には21言語(22言語とも)の公用語があり、各州で公用語がそれぞれあるのだそうです。
方言も含めれば、2000の言語が話されているとも言われているようです。
私の旅した南部のタミル・ナードゥ州の公用語はタミル語でした。
ヒンディー語が角張っている文字ならば、タミル語は丸みのある文字で、全く文字の形からして違います。
インド人同士でも北部(ヒンディー語)と南部では言葉が通じないそうです。
では、公用語の英語でインド人同士が会話するのかと思っていたら、ガイド氏曰く
「インド人で英語がわかる人は減ってきている」
と言うではないですか!
実際、南部では英語が通じないことが多かったです。
英語(インド英語)が話せるのは大学などへ進学した人たちで、多くの人が片言の英語が話せるくらい。全く話せないこともあるようでした。
各州の公用語の地位がとても高いのだと感じました。

各州での言語の違いは
国家としての共同体の一体感を損なっていくのではないかしら?
ふと、私の頭に浮かんだことでした。
言語が違えば、対話が成り立たないし、それぞれが他言語話者を疎ましく思うこともあるのではないでしょうか。
インドでは州ごとの移動が厳しく管理されているそうで、他州のことを知ることができずに過ごす人もいるようです。
以前は、良し悪しは置いておいて、イギリスの統治があったりして英語という共通言語があったけれど、今は各州ごとの言語で教育がされている。
インドの方々の「インド国民としての統一感」は、これからどうやって維持されていくのでしょうか。
ヒンドゥー教徒が多いインドですが、イスラム教徒やキリスト教徒、仏教徒にシク教徒などなど、さまざまな宗教徒がいて対立しています。
外国人にとっては、訛りの強いインド英語は聞き取りづらいなぁというだけのことですが、国内の言語がバラバラになっていることは、これからのインドで大きな課題になりそうだ、と私には思えたのでした。
だからと言って、言語の統一を強行することも摩擦を生むことになるでしょう。
容易なことではありません。
いくつもの言語が飛び交っている、それもまたインドの魅力の一部なのだと思いました。

言語以外でのイメージはどうだったかというと、
インド人男性のターバンと髭のイメージは、インドでは圧倒的少数者でした。
シク教(スィク教)の男性の身だしなみであって、インドの宗教人口の約2%でしかありません。
人口14億5000万人の2%ですから、約2400万人です。
世界の宗教人口の第5位の人口だそうです。
シク教は、宗教施設が豪華!シャンデリアが吊り下げられて、クリーム色を背景に金色の装飾がされて、宗教音楽の生演奏が繰り広げられています。
ぜひ、興味のある方は宗教ルールを守って参拝してみてはいかがでしょう。
サリーを着ている女性は多いです。
素材はシルクだったり木綿だったり、ポリエステルだったり、値段で色々のようです。
ヒラヒラと布をたなびかせて歩く姿が美しいです。
額のビンディーは多くの方がつけています。朝に祈りを捧げた証ですし、寺院でも信徒の額にビンディーを施します。
ヒンドゥー教の寺院に参拝すると、外国人にも施してくれる場合があります。
素材は、ターメリックの粉などを油で溶いたもの。なかなか落ちませんし、衣類につくと少し厄介です。
他人の持ち物に対する大らかさですが、私は自分の持ち物を取られたことはなかったのでなんとも判断できませんが、大らかな気質であることは色々な場面でとても感じました。怒っていたらキリがないよね、と。でも、自己主張はしないとね、と。

長くなりました。
今日はここまでといたします。
あくまで私の感想としてお楽しみいただけましたら幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。



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