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ヘルパー物語 

訪問ヘルパーは
お客さまの色んなお話を伺う。
何十年も時を遡る出来事が
お客さまの口からこぼれ出てきた時
耳と心を澄ませていると
まるでその場に一緒にいたように
楽しい気持ちになったり
怖い気持ちになったり
あんまり素敵な話だと
自分もそんなこと出来たらいいのに!と思ったりする。

そろそろ布団に入ろうかと思っていたWは、玄関に頭を向ける。Wの髪の毛は真っ白でフサフサだ。何歳になってもおしゃれは欠かせないし、お金がなくたって身だしなみはちゃんとしてるんだ。目はだいぶ見えにくくなってきているけれど、耳は割と聞こえがいいようだ。
それにしてもこんな夜更けにチャイムを鳴らす人などいない。
どうしようか。いつもなら、こんなのは知らないふりして布団に潜り込んでやり過ごす。
もう何年もそうしてきた。子どもたちはとっくの昔に家庭を築き、車を何時間も運転してやっと辿り着く場所に住んでる。
Wが住んでる団地は古くて、住人は入れ替わっていたり、新築以来ずっと入ってる古株やらいるけれど、Wは丁度古株と新入りの間くらいからここにいる。

ピンポーン

建物が古いのでチャイムの音はやたら大きく響く。
こんなピンポンピンポンやられちゃたまんないよ。こんな夜更けに!
Wはそろそろ玄関に向かい、チェーンをかけたまま扉を開けた。
すぐに閉めようとしたけれど、扉の間に手を挟まれた。灰色の細長いE Tみたいな手だ。子どもを連れて映画館で見た事がある。子どもがすごく楽しそうに観ていて、映画館を出た後もずっと宇宙人ごっこなどしていたし、Wも案外楽しんでいたのだ。だから知っている。ああいう外見の生命体。知らないけど。
「すみませんこわがらないでへいきです」
「いいや。怖いです。結構です。お帰り下さい。私は何も知りません!」
Wはもう一度扉を閉めようとしたけれど、ETは手を外さない。
「わたしはまよってしまったのです」「メイオウセイ知ってますか?地球人が水金地火木土天海暝と並べて呼んだりしていて、ある日その並びから外されてしまったメイオウセイですが」
「そんなもの知るかい!知らないよ!悪いけどね」
「そうですか」
そこでWはハッとした。自分もETも、一切口を動かしていない。
「そうです。これが我々の動力源です。わたしたちはそのメイオウセイから、定期的にこうして地球や他の星を周る旅をしているのですが、時々その動力源がブツギレルことあります。もっと優れた星ではそんなことないかもしれないのですが」
「なんの話してんだかさっぱりわからないよ!」
Wはなんとか扉を閉めようとするが、ETは口を動かさずに話し続ける。
「メイオウセイの言葉は勝手にこうして変換されてコミュニケーションします」「動力源がブツギレルと、引力に引かれるまま、その星に着地します、ぶつからないようにゆっくり静かに着地するくらいは私たちの星の乗り物、車?でもできます」「戻る時には、その星の1番強力な生命体とコミュニケーションして送り出してもらわないと、乗り物が宇宙空間に飛び出せないのですすみません」
Wは一旦諦めてETを真正面から見た。映画と全く同じような姿だけど、すでに言葉を?かわしているせいか怖い気持ちは薄らいできている。けど油断しちゃいけない。全く油断も何も訳がわからないんだから。
「帰れなくなっちまったってことかい」
「そうです。ちからをお借りしないと」
「交番でも消防署でもそういうところに行きなよ!わたしが何かできるわけないじゃないか!」
「できます。わたしと一緒に来て下さい」
「バカ言ってんじゃないよ!なんで見ず知らずの宇宙人について行かなきゃなんないんだ!仏心出したわたしが間違ってた!早く帰っとくれ!」
Wは必死で扉を閉めようとするが、ETはその細長い指だけで扉を掴んだまま離さず微動だにしなかった。

Wはベッドの上で目を覚ました。
あれ、なんかへんてこりんな夢見たもんだね。ニュースで宇宙人のミイラなんか見たからだね。全く夢でも怖かったよ。
毎週この日はヘルパーがくることになっている。
掃除やら身体にキツくなってきた事なんかのお手伝いをしてくれる。Wの体は頑丈な方で、動くには動くのだけれど、目の見えにくさで何でもかんでもイライラするようになってきたものだから、ヘルパーさんをお願いしたってわけだ。
さて準備しないとね。
そうは言っても元々働き者のWは、顔洗ったり色々済ませると、部屋のあちこちを綺麗にしてしまう。それでヘルパーは言わないが内心困ったりもしてるんだ。仕事をとられてしまってるんだからさ。それでも仕事だから、ヘルパーも負けじと小さな仕事を見つけては、毎回コツコツ動いていた。

ピンポーン

実のところ、Wにとってヘルパーは、近所の人とも違う話し相手と言える。子どもたち家族は自分達のことで忙しいし、要はやっておかないとならない現実的なことを、言葉にしてきちんと確認できる相手と言える。
玄関の扉を開けたWはまたもフリーズした。
そこには目が虚ろになったヘルパーGと、その後ろにETが立っていたからだ。

「こんなやり方してごめんなさいWさん。Wさんの名前はわかりました。この人一緒なら大丈夫ですね。この人は弱いですけど、Wさん一緒ならこの人も強くなります。Wさんにはパワーあります。」「何言ってんだい!Gに何したんだ!わたしに何しろって言うんだい!」
「Gには何もしてません。ただ恐怖のあまり意識を失ったまま動いてるだけです。そのうち意識目覚めますから。Wさんと一緒ならへいきですね。それでは行きましょう!」
一瞬にして3人は別の場所に立っていた。
そこは見渡す限り水平線が広がる砂浜。砂浜の遠くに、まん丸でピカピカひかる物体が見える✴️
「あの乗り物になかまがいます。あそこへ行って、わたしたちの言葉で、見送ってください」
「わたしたちの言葉ってどんな言葉だい?」
「地球ではこんにちはとか、さようならとか、そういう意味ですが、わたしたちはぶぶぶって言います。こんにちはもさようならも、またねも、ぶぶぶで大丈夫です。ま、地球の言葉にしてみると、ということですね」
「私とGはあそこに行って、あんたがあれに乗ったら、ぶぶぶって言えばいいんだね」
「そうですそうです。そうしたらわたしたちは宇宙空間へ、WとGは元いた場所に同時に移動しています。では行きましょう!」
ETとWとGがピカピカひかる丸い物体目指して歩き始めると、Gが突然「あれ⁈」と覚醒して立ち止まった。
「あれ?Wさん!あれ?何してるんですか?ここどこだ⁈」言って周りを見渡そうとしたGの視界にETが入り、Gはサイレンより大きな声で叫んだ。地球にヒビが入るのではないかというほどの大声で叫んだ後、「なんでWさんが ETと一緒にいるの⁈⁇」とWに聞く。「あたしだって何が何だかわからないんだよ!宇宙に帰れなくなったから手伝えって言うんだから仕方あるめえ。なんだか知らないけど、わたしにはパワーがあるって言うんだから、ちょっと嬉しくなっちゃったんだよ!とにかくそうしたら元通りになるっていうんだからさ、やるしかあるめえ。あんたも一緒にやるんだよあんたがいなきゃあたしだってこんなことしやしないよ!さっさと済まそう!」そう言ってWは先頭きって歩き始める。Gも訳がわからないまま、けれど今の自分の仕事はWの生活支援なのだからと、後へ続く。
「本当は1番パワーある生命体は他にもいるけどまあ同じくらいに強いパワーある生命体ね、まあ他にもいるけどそれはいいんですたまたまWがわたしに引っかかりましたから」ETは1番後ろからついて歩きながら、Wには聞こえないような独り言をこぼしていた。
ピカピカひかるETの乗り物は、近くで見るとガラスのようなシャボン玉のような透明感のある質感だ。2、3mくらいの高さだろうか。
「わたしがこの中に入ったら、10数えてからぶぶぶって言ってください。2人でね。同時にWもGも戻ります。ご協力に心から感謝します」
そう言ってETはピカピカ球体に向かって歩く。
WはETから目を離さずGに向けて「あたしが10数えたら、同時に言うんだよ」。
ETは球体の前に着くと、体をゴムボールに押し付けるみたいな要領でグググっと入り込んで、そのままスポンと中に入ってしまった。Wは慌てて「いーち、にーい、さーん、」と大きな声で数え始め、「10!」と言った後にGの方を向きながら同じように大声で「ぶぶぶ!」と叫んだ。Gもつられて大声で「ぶぶぶ!」と叫んだ。

WとGはWの部屋のなかに立っていた。
2人は顔を見合わせた。Wが思わずぷっと吹き出してしまうと、Gもつられて大笑いしながら、
「なんだったの!今のは?」「夢?夢じゃないよね?!」と言い合いながら涙まで流していた。
「いゃ〜長く生きてると色んなことに会うもんだね!」とWは言いながら、いつものように座布団をはたいたりした。Gも「はぁ〜」と息をつきながら、いつものように掃除機に手を伸ばした。


あれはなんだったんだろうと、Gは時々思うのだ。
毎日は飛ぶように過ぎて行くし、高齢者の方々と接していると時空間が歪んだように感じることがある。毎日元気に振る舞っているつもりでも、実際問題Gの倍近く生きて来られてる方々に接していると、空元気やら理想像なんてみーんな吹っ飛んでしまうのだ。ただGはそこにいて、やるべき事だけ把握してる。
Wと一緒にET達に向けてぶぶぶー!!と叫んだ記憶は曖昧だけど、疲れてきたりするとふと思い出されて、笑いを堪えたりしてるんだ。✝️



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