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僕は君になりたい。 第27話「14歳のハート 恋を知った僕の落ち込む年末って…」



 #27



恋? 恋?



僕は、綾香に恋してるのか?


心の中で、僕は1人キョロキョロと「恋」というものを探していた。


綾香の顔が浮かんでくる。


それ以外の人は、浮かんでこない。


カオルンは僕の中で既に「憧れの人」というカテゴリーに分類され、「好き♡」なんて言うのは畏れ多いため、恋愛の対象ではないようだった。



マジか…。



僕の中に「あり得ないことベスト10」があったとしたら、その上位をかつて占めていた事柄だと思う。


能天気で泣き虫なドイツ人のクォーター。

ちょっとどん臭いけど憎めない元キッズモデルの同級生女子。


神永ヘレン綾香……。
今、僕の意識は彼女に奪われている。


「…おい! 流伊!」

突然、高柳に呼ばれ、僕はビクリと肩を上げる。

「な…な、なんだよ…」

そういえば、自宅にまた彼が遊びに来ていた。
近頃、頻繁にくる。母の「懲りずに、友達でいてやって」の頼みを実践するかのように、今日はクリスマスに次いで冬休み2回目の来訪だった。


「さっきから呼んでんのに、お前、ずっと無視してんじゃん!」


まったく、気づかなかった。
呼ばれていたという感覚もなかった。


「え? そうだったのか…? ごめん。で、なんだ?」


すると、彼はまた呆れたようにため息を漏らして僕のボンヤリとした頭をなじった。


「初詣! 行けるかって、それもずっと言ってたんですけど!」


「ごめん…」


「もう、いいって! で、予定はどうなんだよ」


「元日?」


「そうだよ」


「お前と2人でか?」


「いやなのかよ」


「いや…いいけど」


元日は、暇だった。


我が家はいつも正月は家にいる。
母親の田舎に行くとかもない。1月2日から父の仕事が始まるので行く暇がないのだ。
アイドルの初仕事も4日からでアルバム曲のレコーディングをするが、それまでは何もない。


「よっしゃ。じゃ行こうぜ! 再来年は受験勉強も大詰めで行けないかもしれねーし」

「…そうだな」


そうだ。

僕も言わなければならない。
メンバーたちに、もう自分は再来年はいないのだと。

…8月まで、なのだと。


「ところで、お前何を考えてたんだ?」

「え?」

「オレの話も聞かず、何考えてたんだって訊いてんだよ!」


「ああ…」



まさか、綾香のことだ、とも言えなかった。


…いや、言ってもいいのか? 

…いやいや、やはり言えない。

なんとなく、言いたくない…。



「アルバムのことだよ。レコーディングも最終局面に入ってきたからさ…」


「そういや、3月3日発売だっけ? 宣伝始まってるもんな…初アルバムかぁ、オレも楽しみしてるんだ。…あ、ちゃんと自分の小遣いで買うからな」


「あぁ。サンキュー」


ソロ曲のことはまだ話していなかった。
その辺は、まだ企業機密だ。
年明けの半ば過ぎ、レコーディングがすべて終わった後に公表される予定だった。
早く言いたかったが、反面少し気恥ずかしかった。ソロの冒頭に花岡先生に言わされた "あのセリフ" のことを思い出すと、今でも顔がほてってくる。


“愛してるよ”


むろん、曲の一部として言うのだから、深い意味などないのだが。


…とてもじゃないが、今の僕にこんな言葉を本気でなんて言えない。

「なんだ、流伊。また顔が真っ赤だぞ! また発熱してんのか! お前〜、また無茶したんだろー」


「違うっ!」


おでこを触ろうとした高柳の手を避けるように身を交わし、僕は否定した。


「だけどよ、琉唯にゃんじゃなかったら、これからオレは『星キャン』のだれを推せばいいんだ? やっぱ…アヤちゃんかな。年も同じだし」


急に、高柳がそんなことを言い出した。

感情が一瞬で沸騰した。

同時に、僕は声を荒らげて捲し立てていた。


「…はあ? なんでだよ。琉唯にゃん推せよ! お前、オレの友だちだろ! アイドルのオレは、オレでなく、アイドルなんだ! アイドルとしては女子なんだ! 変える意味が分からない!」


「だ、だけどよー。“彼女”がお前だって知ってしまったらさー。友だちとして応援は続けるけどさ、やっぱ男だし…」


「…じゃ、美咲かアカリンにしとけ!」


「なんでだよー。なんで、アヤちゃんじゃダメなわけー。…あ、お前!」


「な、なんだよ!」


「アヤちゃんと、デキてんだろ!」


思わず、僕は絶句した。

ヤバい…。

墓穴を掘ったっぽい。


勝ち誇ったような高柳の満面の笑顔が憎らしかった。



「アヤちゃんと、付き合ってんのかー?」


「つ、付き合ってなんかねーよ! 手紙で告白されただけだし!」


「へぇー。でもよ、お前も…好きなんだろ? 顔に書いてあるってよく言うけど、ホントだな!」


ゲハゲハと高柳は楽しそうな笑い声をあげ、弱みを握った敵の悪役みたいにニヤけた顔を僕に近づける。


「付き合っちゃえよ…いいじゃん、向こうが先に言ってきたんだろ? ラッキーじゃん。告白するより楽だぞー」

「…お前、告白したことあるのか?」

「あるぞ、幼稚園児の頃だけど」

「ませガキ!」

「おい、幼稚園児をなめんなよ! ユメちゃん、可愛い子でなー。笑った顔がくしゃくしゃになってさ、梅干し食ったみたいな顔になるから、ウメ子ちゃんて呼ばれてたんだ」

「…なんだそれ。ばあさんみたいだな。で、そのウメ子ちゃんにはフラれたのか?」


僕は話を逸らそうと試みたが、彼は乗ってこなかった。


「いいんだよ、ユメちゃんは梅干し好きだったしな、それにあの子は…すぐ引越しちまったから、もう思い出だよ。それより、流伊! 今はお前の話だ」


「…頼むから、もうほじくらないでくれよ。オレ…2、3日前に、やっと自覚したとこなんだからさ…」


「マジ? アハハ…お前、オレより10年遅れてんな。14歳にもなって!」


友人の言葉に、僕は今まさに「ずーん」とした衝撃を受け、ガクンとうつむいた。


『お前、オレより10年遅れてんな。14歳にもなって!』


脳内リフレインが、止まらない。


遅れてる…10年。
14歳にもなって。
幼稚園のときの高柳より…僕は。



「流伊? まさか…落ち込んだのか?」


そう、僕は落ち込んだ。




 ☆




…大晦日。


『紅白歌合戦』がやっている。

実は出演の打診があったらしいが、社長が断ったという。その話は僕だけが誠さんから直接聞いたもので、ほかのメンバーは知らない。

近頃多忙だった。

ゆえに、皆んなにかかる負担を考えてのことだというが…厳密には、僕にかかる負担だった。

正直、僕も出たくなかった。

あんな大舞台で、女装で立ち振る舞う気力はなかった。
今までとはレベルが違う衆目が集まる。
それは、目ざとい人間も多く観るということだ。初出場で緊張しながら、更に性別の暴露を警戒してのパフォーマンスなど、僕の神経がおかしくなりかねない。


皆んなには、本当に申し訳ないと思う。絶対に出場したかったに決まっている。
「紅白出場歌手」のブランドはやはり高い。今後、芸能人を続けていくうえでは、大きな勲章となったはずだ。


なのに、そのチャンスを潰してしまった。


どう償えばいいのかとすら、思う。


そんなことを思いながら、テレビを観ていた。
父も母も観ている。
姉は、年越しを大学の友人たちと過ごすと言って出かけていた。


“恋人”と過ごすのだろうか?


また、綾香の顔が浮かんだ。


でも、今はそれを打ち消して、テレビで華やかに演じる歌手たちの額に汗する姿に集中した。


そのとき、メールの着信音がした。


だれだろう? 高柳か? 

携帯を見ると、着信は“あかり”からだった。


年明けのレコーディングのことか…?


ーー初詣、決まってなければ、明日午後から一緒に行かへん? 貝瀬神社でどう?


初詣?




美咲や綾香も一緒なのだろうか。

…そう考えるのが普通だろう。
でも、そうならば、代表で美咲が『星キャン』全員でと誘ってきそうな気もする。
かといって、あかりが単独で僕だけを誘うというのも考えにくいと思うのだが…。


ーー明日は近所の神社に友だちと行くつもりです。明後日じゃダメですか?


とりあえず、そう返してみた。


すると、すぐ返信が来た。


ーそっか〜。じゃいいよ。ごめんなぁ〜。


行かなくていいのか?
美咲や綾香とだけで行くのか?
それとも…。

「どうしたの?」

母が携帯をいじっている僕に問いかけてきた。

「いや…あかりちゃんから明日初詣行かないかってメールが来てさ」

「明日は高柳くんと行くのよね?」

「だから、明後日じゃダメかって聞いたんだ。そしたら、じゃいいよって…」

「ふーん…でも、いいよって言うなら、いいんじゃないの?」

「まあ、たぶんね」



それが夜8時くらいだった。


それから、9時過ぎ頃、またメールが来た。


今度こそ高柳だろうと思って見てみると、なんと美咲からだった。


ーー明後日、メンバーで初詣行こうかと思うんだけど、どう? 流伊は行かないほうがいいと思うけど一応メールは送りました。あんたの分もちゃんと祈願してくるよ。



どういうことだ?


混乱する…。


さっきの、あかりからのメールはいったい…。


まさかだが、僕個人宛て……??


それを母に話してみる。


母は、盛り上がっているテレビから視線を離さなかったが、少しだけ考えたように言った。



「うーん、何となくだけど、そっとしておいたほうが、いいんじゃないかと思うわね」



その後は、好きな韓流アイドルグループが出てきたため、そちらに夢中になり、もう僕の話し相手はしてくれそうになかった。


父はすでに酒を飲んでおり、赤い顔でふにゃりとした笑みを浮かべて舟を漕ぎ始めていたが、話は聞いていたらしく、一言だけ言った。


「モテる男は、ツラいな!」


…が、やはり酔っているようだ。

意味が分からない。


時刻が11時を回り、今年もあと1時間を切ると、除夜の鐘が遠く、壁の向こうから聞こえてきた。

番組も終盤で大トリが紅白それぞれ紹介され、緊張感が走る中、僕は部外者の気楽さであくびをしてしまっていた。

やはり、まだ僕は子どもなのかな…と思う。

そして、出場しなくて良かった、とも思った。


こうして、1年の終わりを噛み締めることができる。



本当に、何はともあれ、僕は自分に言いたい。





よく頑張った。

お疲れさま……榊原流伊、と。






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