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[ピヲピヲ文庫 連載小説]『私に何か質問はありますか?』第11話

前回の話(第10話)はコチラ。ピヲピヲ。。。


 受付の看護士は、病院に駆け込んで来た八鳥六郎(はちどり ろくろう)に向かって「こんにちは~」と元気よく挨拶した。
 そして、「今日はどのような症状で……」と言いかけたが、受付カウンターの正面に立った人物が八鳥であることを認識した瞬間、「あぁ~っ!」と慌てた声を出して黙り込んでしまった。
 そして、その後は何も言わず、バインダーにボールペンと一緒に挟まれた問診票を片手で八鳥に差し出しながら、もう一方の手の指で必要項目を埋めるようにとのジェスチャーをした。
 八鳥は待合室のベンチソファの空いている席に腰を下ろし、問診票に必要事項を記入していったが、その場に居合わせた数人の患者たちが何だか自分の方をチラチラと盗み見するような視線を感じずにはいられなかった。

 必要事項をすべて記入し終わった問診票を渡しに行ったときも、看護士はまるで呪われた書物でも扱うかのように、決して問診票には目を向けず、明後日の方向を見ながらそれを受け取った。

※※※※※

 八鳥がメディアに追われ、心療内科の入った建物に逃げ込んだあたりで、ある人物が八鳥の自宅マンションを訪れていた。
 
 その人物は、冷ややかな目で八鳥の郵便ポストを見下ろしていた。
 そして、八鳥の部屋を訪ねたものかどうか思案するかのように、エレベーターの方をチラチラと見た。
 仮にその人物が計画を実行に移したとして、八鳥はその頃、心療内科の待合室で、周りの患者の視線を気にしながら問診票の記入を終え、自分の診察の順番待ちにやきもきしているあたりであったため、彼の不在にひどく失望したかもしれない。
 しかし、その人物は結局エレベーターに向かうことなく、踵を返すと、マンションを後にした。

※※※※※

「……それで……先ほどだって……先生のところの受付の看護士さんにも警戒されてしまったほどですよ……」
 八鳥は医者に対し、自宅マンションの周辺で急にメディアに囲まれ、彼らを振り切って逃げて来たこと、そしてなぜだか見知らぬ人たちが徐々に自分を警戒し始めているように思われることなどを些か興奮気味に説明し始めたところである。
 50代半ばくらいに見える男性の医者は、八鳥の話に大して驚くような素振りも見せず、まるで自分の妻(その医者が結婚していたとして)がスーパーに並ぶ野菜の値上がりに対する愚痴を言うのを聞くかの如き表情で、ときに同情を示すようなしかめ面をつくったり、やり切れなさが自然に表に出てしまったかのような薄い愛想笑いをしながら八鳥の話をひと通り聞いた。
 医者が数分の間、しきりに表情筋を動かし、何十回目かの頷きを終えたあたりで、八鳥がひと息吐いた。
 そのタイミングで、それまで専ら聞き役に徹していた医者が笑いながら、口を挟んだ。

「ははは。看護士と言えども、医者ほど正式に医学というものを学んだことはないですからな。多少慌てるものムリはない。まあ心配することもありません。少し心を落ち着かせる薬でも飲めば、すぐに良くなるでしょうな」
「そうですか! さすが先生! もう私は、ここ数週間続いてる悪夢から解放されたいのです。では、先生、問診をしていただけるのですね?」

 八鳥は急に晴れやかな表情になり、期待に満ちた眼差しを医者に向け、医者はそれに対し、堂々とした表情で頷いた。

「もちろんです! 私は医者です。患者への問診なしに、適切な医療行為なぞできましょうか! ご安心ください。この世の中の人間は2種類に大別される。医者か、医者以外かです! では、八鳥さん……早速ですが、まずはいつ頃からこのような状態になられたのでしょうか?」

 八鳥は、ことの経緯をイチから説明するにあたり、一体どこから話し始めたものか考えた。
 テキストコンテンツ配信用プラットフォームの『ピーチク・パーチク』で例の「質問募集記事」を投稿した日のことから話し始めるべきか、それともその記事に初めてスキをもらったのが発端なのか、それとも……。
 暫し考えた挙句、八鳥は『ピーチク・パーチク』の説明から入ることにした。

「……先生……何とも経緯がややこしいのですが……やはり『ピーチク・パーチク』というSNSのことから話し始めた方がよいかと思います。このサイトは……」
「うーん……うんうん……」
「……というようなピチカーというですね……」
「…おー! あぁ~あー……」
「……私に何か質問はありますか?という何気ない投稿をしたところ……」
「…おワッ! こわっ! こわ! こわわわわー……」
「…そのコンドルと名乗るピチカーですが……」
「うぉわ~……あ~…おー……うふん……おえおえ~……」

 …………。

 話し辛い……。
 八鳥は頑張って医者に経緯を説明していたのだが、この医者、なぜかヘンなタイミングで相槌を打ち始め、人の話を真面目に聞いているのかどうかも怪しい感じになってきた。
 しかし、下手なことを言って医者の機嫌を損ねても面倒だ……。
 下を向いて経緯を思い出しながら話し続けていた八鳥は、ふと医者の顔を見た。

「……先生、ですから……ん? 先生? どうされ……先生……大丈夫ですか?」

 見ると医者は顔を真っ赤にし、何とも苦しそうな表情でウンウンと小声で唸り、椅子に座った状態で、次第に体を大きく前後に揺らし始めた。

「先生! どうしました? 大丈夫ですか? どこか具合でも悪いのですか?」

 八鳥がそう叫んだ次の瞬間……椅子に座っていた医者は白目を向き、そのまま後ろ向きにぶっ倒れた。

 物音を聞き付けた看護士が、すぐに隣の部屋から駆け付け、床に倒れた医者を見るなり、大声で叫んだ。

「せ…先生! 大丈夫ですかっ! あ~、何てこと! 誰か~早くお医者さん呼んで~!……」


(つづく)


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