Enter the blue spring 〜皆のモーニングルーティン〜 未来、零斗、玲奈編(クデラの趣味のコーナー#4)

『enter the blue spring』

プレイヤーが『青春』を求めて世界を旅する、4014年発売の最強のロールプレイングゲーム。
このゲームは各時代の『青春』をどっぷりと感じられるように、地球外生命体からもたらされた謎のテクノロジー『マスターゲットレイダー』を用いて、プレイヤーの体を『アバター』に変え、それを実際に存在する『並行世界』に送り込む。
このユニークでリアルなシステムが大ヒットに繋がり、4018年には『神ゲーオブザイヤー』で堂々の1位を記録した。

ところで、
そんなリアルなRPGで重要になってくるのが、『プレイヤーの生活』だ。
もちろん転送先は並行世界。当然時間が流れており、プレイヤーは数時間、場合によっては数日間、ゲームの世界に滞在することになる。
転送先の世界での活動を円滑にするためには、まずそこで生活できるようになる必要が出てくるのだ。
つまりプレイヤーは、転送先での生活と、元いた世界での生活の両方を往復しつつ、生きていくというわけである。

ところで、転送先の世界によっては『朝』という時間が存在する。
もしプレイヤーが日にちを跨いで生活している場合、この時間は一体何をしているのであろうか?
私が気になるのはこの、いわゆるプレイヤーの『モーニングルーティン』という奴である。
今回は、私が今目をつけている8人のプレイヤーの朝を取材した。
朝の生活から見える、プレイヤーの考えとは。
今回はその真意に迫ろうと思う。

申し遅れた。
私はクデラ。このゲームを開発した株式会社ツブエスの社員。ヨーチューブを見て暇(仕事時間)を潰すのが、最近の趣味だ。

〜皆のモーニングルーティン〜

未来の場合
自宅 am.6:00
人によってはまだ寝ている時間帯だが、

未来「よーし、今日も頑張ろ。」

未来は既にベッドから出ている。彼の朝は早いのだ。

クデラ「おはようございます!」
未来が階段を降りると、見知らぬ人物が未来を出迎えた。
未来「お、おはようございます……て、あんた誰だよ?」

クデラ「私株式会社ツブエスのアニメ制作委員会 委員長(やる気ないけど)を務めさせて頂いている(頂いてたまるかよあのクソ社長)、クデラと申します!」

未来「心の声最悪だな!?って、あんた運営さん!?こりゃやばい、急いで部屋片付けないと!それからお茶も!」
未来は慌てて来客を出迎える準備をしようとする。しかし、

クデラ「おいてめえ、リアリティーが減るようなことするんじゃねえぞ!こちとら睡眠時間減らして、モーニングルーティンの撮影に来てんじゃボケ!」
クデラは未来の胸ぐらを掴むと、ギロリと未来を睨んだ。
未来「お、おう……ご苦労さまです……」(睡眠って……こっちは朝だけど未来あっちじゃ昼間だろ?この人昼間っから寝てんのかな……?)
クデラ「コホン、まあそういうことなので、未来さんはいつも通り、自然体で朝のルーティンを実行してください。」
未来「あっはい!頑張ります。」
未来は洗面台に行って顔を洗い、いつも通りコップに水を注いでうがい、そしていつも通りに歯ブラシを取る。
クデラ「ほう、食前に歯磨きですか?意識高いですねー。」
未来「いえ、朝食はもう少し後です。」
未来は鏡越しにクデラを見ながら歯ブラシに歯磨き粉をつけた。
クデラ「ほう、何かやるんですか?」
未来「へえ、みゃあ。」(歯磨きをしながら)
未来は奥歯まで念入りに磨いてからコップに水を注ぎ、うがいで歯についた歯磨き粉を洗い流す。
未来「よし、それじゃあ、支度してきます。」
クデラ「支度?」
そう言うなり、未来は2階に上がって部屋に入り、服をジャージに着替えて階段を駆け下り、すぐに玄関へ移動した。
未来「じゃ、いってきまーす。」
クデラ「ちょい待ち!」
クデラはドアを開けようとする未来を慌てて止めた。
未来「ん?何ですか?」
クデラ「何でジャージに着替えたんですか?」
未来「いや、これから自分、陸上の練習しなきゃいけないんで、これで行ったほうがいいかなって。」
クデラ「あ、そうなんですか?なら、ちゃんと朝ご飯を食べてエネルギーをチャージしておかないと、途中で不具合が起こりますよ。」

そう、この『enter the blue spring』というゲーム、プレイヤーのアバターに『苦痛』を搭載しない割には、『身体機能の異常』はしっかりと作り込まれている。
空腹による『身体機能の異常』もちゃんと再現されており、定期的に食料を摂取しないと力やスピードが低下する。

未来「チッチッチ、それじゃ練習になりませんよクデラさん。」
クデラ「はい?」



住宅街
未来「はい1・2!1・2!1・2!」
閑静な住宅街。一人の少年といい歳をした社会人の足音が響く。
クデラ「1・2……1・2……はっ!」
クデラは文字通りはっとした。どうして自分は未来と一緒に走っているのか?
そもそも質問に対する回答はどこへ行ってしまったのか、と。
クデラ「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!朝ご飯も食べずに即運動するとかいうド変態と話をしてたと思ったら、いつの間にか走っていた!!」
未来「ん?やだな〜。もう答えは出てるじゃないですか〜。」
走りながら驚くクデラに未来は冷静に応えた。そしてこう続ける。

未来「俺、やっぱり、『やせ我慢』より『常時我慢』だと思うんすよね。」
クデラ「ん?突然の自分語りどうした未来君?」
『やせ我慢』より『常時我慢』……クデラはその言葉の真意を理解できない。
未来はそれを察したようで分かりやすく説明を始めた。
未来「マラソンでありがちなんですけど、最後の方になるとお腹が減ってきたり足がつったり、ここで根性出さなきゃってなる時、あるじゃないですか?」
クデラ「ああ、確かにね。私もそれが趣味だったことがあるが、我慢することは私の苦手分野でね。3日でやめたよ。」
未来「ええ。空腹だろうが足が壊れようが、それでも踏ん張らなきゃいけないのがマラソンという競技ですからね。」
クデラ「まあそれはそうだね。つまり君は、空腹の中でも無限に走れるように、こうやって毎朝トレーニングしていると……つまりそういうことか?」
未来「はい。なんで、そこで頑張れるように普段から練習しておくことが、この世界では重要なんですよ。
ああいう局面になった時に『その瞬間だけ我慢して乗り切ろう』、なんて言うメンタルじゃ、長く続かないんで気持ちで負けますよ。日頃からしっかり我慢しておいて、いざという時にも『大丈夫だ』って言えるのが、陸上でも何でも重要だと思うんですよね。」
未来は悟りを開いたような顔で走りながら、そのストイックな心構えについて語る。
しかしクデラは冷静にこう言い放った。

クデラ「うんうんなるほどね?でもね、それ走ってる未来君を見たからって察せる内容ではないと思うよ?
あと何でもいいけどさ、今ゲーム中で体はアバターなんだから、『苦痛を我慢する』ってのは無理だと思うよ。だって、今の君にはそれが存在しないわけだし……」
未来「…………あ。」

そう、これまでの話を聞いても分かる通り、アバターに『苦痛』は存在しない。
故に根性を鍛えるために空腹の中どれだけ走ろうとも、疲労もなければ空腹に苦しむこともない。
せいぜい走り続けると身体の異常で歩けなくなる程度で、だから何だという話である。
未来「あ、あれ?じゃあこの練習って……」
クデラ「普通にご飯食べて基礎練習かなんかやった方が、体鍛えられるし良いと思うよ。身体機能の強化はゲームを抜けた後も残るから。」
未来「そんなーー!?俺効率悪いことやっちゃってたのーー!?」
未来はようやく気づいたようで顔を真っ青になった。
クデラ「そうだね。」
未来「ちくしょー……ご飯とか基礎練するんだったら、器具とかある家まで戻らなきゃいけねえ……」
クデラ「そうですね。んじゃあ、私の力で瞬間移動でもします?」
未来「……いや、いいです。一応練習なんで走って帰りますよ。」
未来は後ろを振り返って、来た道を引き返そうとする。
クデラ「いや、でも未来君の場合はできるだけ早く帰ったほうが良いような……」
未来「ん?あっ、そういえばそうだっ」
???「グアァァァ!」
未来「げっ!?」
突然未来の背後から気色の悪い生物が現れた。
その姿は人間のようだが、血の涙を流している上に、ここは日本だというのに銃を所持している。
クデラ「あーあ、早く帰らないから『レイドモンスター』が来ちゃった。そいつは『シカバネジン』です。」

『レイドモンスター』

プレイヤーの『アバター転送システム』とは少し違う転送システムを用いて異世界から呼び出された、いわばゲームの『敵キャラ』。
このモンスターたちは別の世界の、いわば『生き物』であるため、モンスターのような外見をしているものもいれば、逆に一見、人や原生生物と見分けがつかないようなレイドモンスターも存在する。
このゲームは一応、アクティビティー要素として『敵キャラ』という概念を盛り込んでいるが、青春を探すゲームにこの概念が必要なのかは謎である。
未来が出くわしたこの謎の人間も、その『レイドモンスター』の1種だ。

クデラ「気味が悪いしサイレンもうるさい。そんな存在意義のよくわからん世界から来た、ちょっとゾンビより強いだけの雑魚ですよ。」
未来「いや雑魚でもキモいし怖い!俺こういう奴苦手なんだよ!今は変身できないし逃げる逃げる!」
未来はホラー系の気持ちが悪いモンスターは大の苦手。
しかも今はゲームで定期的に出される『ミッション』をクリアしていないので、戦闘用の装備を装着した『レイダー』という形態になれない状態。
故にすぐにその場から逃げようとするのが自然であるが、クデラはすかさずこう忠告する。
クデラ「逃げるのはあんまり得策ではないですよー!こいつ銃のAIMめちゃくちゃいいんで!」
未来「えっ!?」

バン!

シカバネジンが未来に向けて発砲した。
未来「ひっ!?」
未来は咄嗟にしゃがんで回避したが、クデラの言った通り、シカバネジンの狙いはとても正確だった。
未来「な、何なんだよお前!?普通に考えたら、『撃たれる側』なんだから、もう少し手加減しろよ!」
クデラ「おめでとうシカバネジン!きょうから君の名前はゴ◯ゴシカバーネだ!」
クデラはまるで最初から友達だったかのようにシカバネジンの肩を組む。
未来「いや改名雑すぎんだろ!?」

バキューン!

未来「ヒエ!あっ、死んだ……」
未来はシカバネジンに頭部を撃ち抜かれて死亡した。
クデラ「あーあ……まあ、コンティニューしてご飯食べて、家でトレーニングできるんだったらいっか……」
クデラは未来の不運を憐れみつつ、次の撮影に移ろうとした。
しかし、

ガサッ

クデラ「む?」

クデラは背後の茂みから妙な気配を感じた。
クデラ「この気配は……まさか!」
クデラは一瞬で何かを察したようで、すぐに茂みの中を覗く。



クデラ「……ふむ。未来君は面倒事に巻き込まれるかもしれないな。ま、私には関係ない!」
クデラは茂みに潜む"何か"を見逃し、今度こそ撮影のために零斗の家へ向かった。

零斗の場合
零斗「5時に起床し朝ご飯。歯磨きをして着替え、庭で体操をする。そこからはずっと野球の練習をし、12時になったら昼ご飯を食べてまた野球の練習。6時になったら夕飯を食べて風呂に入り、歯磨きとストレッチをして寝る。
以上だ。」


クデラ「いや早えって!?朝どころか一日が終わったって!こんな速さで終わってたら尺が足らねえよ!!」
動画を2倍速にしたかのような早口で自身の生活を語る零斗に対し、クデラは激昂した。
零斗「む?そうか、それはすまなかった。じゃあ今回は、俺が最近やっている体操を紹介しよう。」
クデラ「体操、ですか?」
零斗「ああ。今説明する。」
零斗は庭の中央に行くと体操の説明を勝手に始めた。
零斗「まず手首を捻り、脇を締め、肩甲骨をぎゅ~〜と内側に絞る。そして限界まで絞ったら手を伸ばし、解放する。これを左右3回ずつやっていく。」
クデラ「ほう……」→中々独特な体操だとは思うが、もしかしたらこの動作が何らかのいい影響を及ぼすのかもしれないと思い、突っ込まないでいる。

零斗「解放する時はこんなリズムだ。」
そう言うと零斗は手を前に伸ばしつつ、謎の呪文のようなものを唱え始めた。
零斗「解……放!解……放!解……放!解……放!」
クデラ「ん?すみません。もしかしてこれって」
零斗「溜めて溜めて解放!溜めて溜めて解放!溜めて溜めて解放!まだまだ行くぞ、ぐーっと溜めろ!」
クデラ「おい!やっぱりそれ解◯エク◯サイズじゃねえか!?」
クデラの感じていた違和感が確信に変わった。この体操は少し前に流行った、日本のヨーチューバーが作った体操である。
零斗「ん?何だそれは?今お前が考えた名前か?」
クデラ「ちげえよ!?それ作った人がネットに投稿した数カ月後に、意味ないって言ってた奴だよ!」
零斗「ふむ。何を言ってるのかはよく分からんが、名前は採用しよう。」
クデラ「採用すんな!?著作権のこととか色々考えて」
零斗「解……放!むっ!これは……出るぞ!」
クデラ「え?」
突然零斗が全身に力を込め始め、手のひらに謎の青い球体を構築していく。
クデラ「あの、すみません。出る?出るって何が」
零斗「うおおおおおお!解 放!!」

ズガーン!!!!

零斗の手から淡く輝く巨大な波動弾が放たれた。

未来「はあ……はあ……はあ……」
一方未来は既に復活していた。家の冷蔵庫を開けたら食材が足りないことに気づき、今は近くのコンビニへと向かっている。
しかし、そんな彼は今、ある問題に直面していた。
それは
ゾンビ「ウーー……」
女性A「キャーーー!ゾンビよ〜〜〜!」
未来「げっ!?また怖いのだ!?ああいうのは無視だ無視!前進あるのみ!前進あるのみ!」
またも出てくるグロい生命体に心底嫌気が差し、未来は急いでコンビニへと向かう。
そう、彼が直面している問題とはレイドモンスターの大量発生だ。
道中には信じられない数のレイドモンスターが我が物顔でのそのそと歩いている。
未来「おいおい信じられねえ!俺だけ何でこんな目に遭うんだよ!何かのバグかこれは!?」
未来は現状への不満を口にしながら住宅街を猛スピードで走る。
コンビニから未来の家までは7分程度、のはずなのだが、レイドモンスターのせいでそのたったの7分が永遠のように感じられる。
未来「ちくしょう!これまでにない程必死に走るハメになったじゃねえか……あっ!」
未来の前方で凶悪な面のモンスターが暴れていた。
未来「何だよもう!!またかよーー!?」
そのモンスターは人型かつ、全身が灰色で、今まで見た中でもかなり大きい。
しかも二足歩行でかなり素早く移動している。
タダノゴリラ「グオオオオオオ!」
異世界に来て半狂乱に陥ったのか、モンスターは大きく咆哮し、近くの塀やら電柱やらを手当たり次第に破壊している。
女性B「キャーーー!タダノゴリラよ〜〜〜!」
どこかで聞いたようなセリフ、どこかで見たような襲われている女性。
未来は最近、毎回このパターンでモンスターに出くわしている。
未来「気にしたら負け!気にしたら負け!前進あるのみ!前進あるのみ!」
今の未来は生身だ。
例えどれほど恐ろしいモンスターがどんな被害を出していようと、未来は敵前逃亡を一貫して実行するほかない。
しかし逃げたからと言って状況が好転するわけでもなかった。

ツガイノシタイ「ここは……どこ……?」
女性C「キャーーー!ツガイノシガイよ〜〜〜!」

未来が女性が襲われていたところから数十メートル移動すると、また同じような光景が広がっている。

未来「おいふざけんな!?何で同じようなシチュエーションがずっと続くんだよ!?てか、何でお前らレイドモンスターの正式名称知ってんだよ!?」
未来は襲われている女性たちに不満をぶちまけた。
家を出てから2分でこのエンカウント率。
このゲームでこれほどまでに未来が追い詰まったことはない。
未来「ちくしょー!たったの7分で行ける距離なのに、こんなになるなんて聞いてねえぞ!でも、あともう少しだ!もう少しでコンビニ!」
未来は遂にコンビニが見えてくるはずの角にたどり着き、その角を曲がった。
しかし、
未来「うげっ!?何だこりゃ!?『列車』か!?」
コンビニが見えてくるはずの道は、巨大な『列車』が横たわっていて塞がっていた。これ以上前には進めない。
未来「ど、どうしろってんだよ!?『マスターゲットレイダー』はミッションクリアしてねえから使えないし!か、完全に詰んだー!?」

ズンズンズンズン!

未来「お、おいおい……まさか、さっきの奴らが、追ってきてるなんて……言わないよな?」

未来の後ろから"二匹の"足音が迫ってくる。

ズンズンズンズン!

未来「う、嘘だよな!?頼むぜ!お、俺もう少し長生きしたい……よ?」
嫌な予感がして振り向く覚悟がない未来。

ズンズンズンズン!
未来「も、もうたくさんだ!やめてくれ!」

不意にピタリと足音が止まる。

そして足音の代わりに
ツガイノシタイ「しかくがいいかな?さんかくがいいかな!?」
後ろからおぞましささえ感じる明るい声がした。

未来「っ!?」
未来が後ろを振り向くと、狂ったような笑みを浮かべる二つの顔が未来を覗く。

ツガイノシタイだ。

未来「で、出たーーー!」
恐れていた事態を前に未来は情けない声を挙げる。
未来「もうやだよ!いくら軽い命とはいえ、死ぬの超リアルだし怖いよ!」
相手はそこそこ強く、道を塞ぐほど大きいツガイノシタイ。
今の状態の未来にこれを突破することは流石に不可能である。

未来「くっそーー!何で俺には運ってものがないんだーー!」

未来は遂に死を覚悟した。

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

未来「へ?」
妙な音が聞こえた。
何かものすごく大きなものが迫ってくるような音。
それを聞いた時、未来の目の前で不思議なことが起こった。

バキバキバキ!!

未来「なっ!?」
ツガイノシタイ「うわ!?」

未来にとってそれはあまりにも幸運な出来事であった。
蒼く輝く巨大な球体が塀を突き破って未来の目の前に現れたのだ。
ツガイノシタイ「ヴァ゙ァ゙アアアァ゙!!」
気味の悪いモンスターは咄嗟に倒れ込んだが、片方の顔面が謎の球体によって破壊されてしまった。
一方ツガイノシタイのあとに続く形で追ってきたタダノゴリラも、この球体に激突する。

タダノゴリラ「……!」

タダノゴリラは球体に体を焼かれてしまい、大きなダメージを負った。
未来「す、すげえ威力だ……」
突如塀を突き破って現れた謎の球体。
その効果は余りにも絶大だった。

零斗「やはりな……『溜める』ことで生み出される力……これは絶対に存在する。」
一方星雲家の庭では零斗が晴れやかな顔で満足気に頷いていた。
零斗「これをピッチングに応用すれば、俺は野球界の神になれるな!」
クデラ「いや!これを使うのだけはダメです!!絶対!!死傷者が出ます!」
クデラはこの力を野球に転用しようとする零斗を必死に止める。
零斗「え?いやでも、さっきのを球に込めて使うんなら、器の大きさ的に力は低く」
クデラ「いや低くなっても充分すぎる火力が出ると思いますよ!?デッドボールになった時に取り返しがつかなくなるかもしれないし、そもそも球がキャッチャーの手を貫通しちゃうかもしれないし!!」
零斗「お、おう?分かった……じゃあこれは不採用で。」
クデラがどうしてもと言うので、零斗は渋々このアイディアをお蔵入りにした。
クデラ「頼みますよ!!じゃあ私はこれで!お疲れ様でしたーー!」
零斗「う、うーす?」

クデラ(ふう……あっぶねえ!あんな技を世に出したら、野球がデスゲームに変わってしまうところだった!ピッチャーに『波動』なんて持たしちゃいけねえ……多分。)

零斗の暴走を未然に防止しつつ、クデラは足早に零斗の家を後にした。

玲奈の場合
自宅
朝7時 自分の部屋で起床。
玲奈「うーん、昨日まで未来あっちでがっつり練習してたからまだ眠い。よし!寝よう!」
そして二度寝である!

クデラ「玲奈さんまだ寝てるのかなー?」

朝8時 二度目の起床。
玲奈「ん……眠い…………ご飯食べよ。」

玲奈は枕元にあるカ◯リーメイトをモソモソと食べてその場を乗り切る。
そして三度寝である!

クデラ「まだ起きないのか……まあ、部活で疲れてるだろうししょうがないね。」

朝9時 三度目の起床
玲奈「ん……眠い…………ゲームしよ。」
玲奈は枕元のス◯ッチを起動した。
玲奈「やっぱり食べて寝てあ◯森。これが全てを解決するわ。」

クデラ「遅いな〜。早く来すぎちゃったかな〜。」
既に家に到着し、リビングにいるクデラ。しかし一向に玲奈が降りてくる気配はない。
クデラ「まあアポ無しだし仕方ないか……」

朝10時 一人プレイに飽きる。
玲奈「流石に一人だと寂しいわね。よし、あいつを呼びましょう!」
玲奈は枕元のホイッスルを吹き、屋根裏からレイドモンスターを呼び出した。

黒鉄の騎士「ソー!ドー!」
玲奈「おはよう黒鉄の騎士。」
ここで現れた黒光りする甲冑を纏う、幽霊のようなレイドモンスターは『黒鉄の騎士。』
玲奈が使役しているレイドモンスターである。
玲奈「村の資源を集めるの、手伝ってちょうだい。」
黒鉄の騎士「ソード!」
黒鉄の騎士は屋根裏からス◯ッチを取り出し、甲冑で動きにくくなった指でぎこちなく電源ボタンを押した。

クデラ「何か笛の音が聞こえた気がするな?」

そして10時5分。
割と好戦的な性格の黒鉄の騎士は、牧歌的なゲームに5分で飽きて部屋を出ていった。
玲奈「……付き合い悪いやつ。」

一方クデラは
黒鉄の騎士「ソードー!」
クデラ「!?」
部屋から降りてきた黒鉄の騎士に威嚇されていた。
クデラ「……えっと、ど、どうぞ……」
クデラは何となく圧に屈し、黒鉄の騎士を玄関に通した。
黒鉄の騎士「ソード!」(ご主人の家に勝手に上がってんじゃないよ!)
クデラ「す、すみません……」
勢いでレイドモンスターに何となく負けたクデラは萎えてしまい、玲奈の取材を断念した。

ーーその裏で

住宅街 謎の列車 1号車

人気のない、色々なものが散乱している1号車。
一人の乗務員がこの号車の点検に訪れていた。
乗務員「良かった。ここは被害が少ない……」
列車には当然乗る人がつきものだ。
それは未来が見たこの列車も例外ではない。
異世界に転移して住宅街に横たわり、普通なら甚大な被害が出てもおかしくはない。
しかし、この列車は幸運なことに、乗務員も乗客も無事だった。
とはいえここの乗務員は頭を抱えていた。
乗務員「くそ……最悪だ。我々の知らない場所に辿り着いてしまったと思えば、周りはどこもかしこも化け物だらけ!しかも、何で"あいつ"までいるんだよ!」
悲しいことにこの列車の周辺は、相当な数のレイドモンスターがうろついている。
よって今は全員無事としても、いずれは全滅必死なのだ。
乗務員「どうする?重要な箇所は全て壊れてしまって運転できない……かといって、このまま何もしなければ……」
人生で一度たりとも経験したことのないような危機。
未来だけではなく、そこに巻き込まれる
人間もまた、苦しむ運命にあるのだ。

乗務員「くそ!一体どうすれば!?」

未来「でさ〜、マジ困ってんの。本当おかしいよ?何で部外者が"あいつら"のこと知ってんのかも謎だしさ〜。」
乗務員「?」

誰も人がいない1号車で、自分以外の声が聞こえた。
乗務員が振り向くと、後ろで乗客と見られる少年が、誰かと電話をしている。

未来だ。

未来「それでさ、………の…なしになるんだけ………れ、………ちゃったわけよ。これは……………ンスターの………ざか……れないって。まあ、もちろん『アレ』の可能性もあるけど。」
未来はコソコソと電話の相手に話をしている。
乗務員(な、何だ?あの少年は?)
こんな恐ろしい事態にも関わらず、少年は動揺もせずに誰かと話をしている。

未来「おそらくそいつは俺を……………うん。そう。まあ、退屈はしないと思うよ。お前好きそうじゃん。」
乗務員「お、おい君!」

未来があまりにものん気なので、乗務員は彼に話しかけた。
未来「ん?」
乗務員「君!電話している場合じゃないぞ!俺は見たんだ!あちこちで暴れているあいつらが」
未来「……あー、そうですね。でも、俺の推測どおりなら、"電話をしておいた方"がいいんですよ。」

乗務員「は?」

ドンッ!

突然1号車と2号車を繋ぐドアが蹴破られた。

タダノゴリラ「グアアアァ゙!」

乗務員「なっ、まさか!!」
未来「その"まさか"のようですね。」
体が半分焦げている不気味な大男が、おぞましいおたけびをあげた。
乗務員と未来は咄嗟に垂直に傾いた座席の後ろに隠れ、その男に見つからないようにする。
乗務員「つ、遂に車内に化け物が!」
未来「チッ、もう8号車からここまで来たのか……ま、やることはやれたし、問題ないかな。」
未来は冷静に状況を観察しつつ、タダノゴリラに聞かれない声量で、乗務員にタダノゴリラの説明を始めた。
未来「あいつはやばいっすよ。ここに来る前に手負いとはいえ、厄介な怪物を一瞬で殺っちゃってますし、ついさっき8号車の壁をぶっ壊して列車に入ったばっかりなのに、もうここまで来ている……」
乗務員「な、何だと……?」
未来「ここに来る前に、ちょっとしたアクシデントが起きて……それでハイになってるせいかもしれないですね……」
ここは1号車。
ここまで怪物が到達しているということは、天井に空いた出口からの脱出が不可能ということ。
つまり怪物がどこかへ行くまで、ここで隠れているしかないということだ。
乗務員「く、くそ……早く出ていってくれ……」
未来「いや、多分出ていかないと思います。」
乗務員「えっ!?」
未来「あいつは鼻が良いんで、人間の匂いなんてとっくに覚えてますよ。1号車に他に人間はいないみたいなんで、奴は匂いですぐにここを特定するでしょうね。」
タダノゴリラの鼻は全然ただ者ではない。匂いで人間の位置を特定するなど、平然とやってのける。
乗務員「お、おいおい!それはとてつもなく不味いんじゃないのか!?奴から逃げる術がないじゃないか!?」
 未来「ないですね。絶対絶命です。」
未来は何の感情も乗せず、淡々と現状を伝える。
そしてこの間にも、どんどんタダノゴリラの足音は近づいてきていた。
乗務員「だったらどうする!?俺たちはこのまま死ぬしかないのか!?」
未来「……死ぬ?死にはしませんよ。」
冷や汗をかきながら語気を強めて問い詰める乗務員に未来は少し笑みを浮かべながら言った。

未来「この世界での『なす術がない』っていうのは!『生存フラグ』って言うんですよ!」

そう言って、未来はタダノゴリラの前に無防備に立ち塞がった。
乗務員「お、おい君!一体何を言ってるんだ!おい!」
乗務員は小さな声で彼を呼び止めるが、未来は逃げも隠れもしない。
タダノゴリラ「オオオオォ!」
タダノゴリラは未来に気づき、大きな雄叫びをあげる。
乗務員「うおお!まずい!逃げろ!逃げるんだーー!」
乗務員はコソコソと話すのをやめ、本気で未来に呼びかけるが、未来は身動き一つ取らずに目の前の怪物を見据えている。
タダノゴリラ「ギエエエエエ!」
タダノゴリラは鋭い爪を未来に向けて振り下ろした。
乗務員「ああ!もうダメだ!」
乗務員はあまりのことに手で目を覆った。

グサッ

乗務員「ああ……そんな……」
鋭利なものが突き刺さる音が聞こえ、乗務員は恐る恐るその目で状況を確かめる。

乗務員「あっ!」

すると、乗務員の前で想像を絶する事が起きていた。

タダノゴリラ「ウウ……アアアア……」

未来「俺の勝ちだ。」

未来は無事だった。
タダノゴリラの胸を、鋭利な2つの黒い刃が貫いていた。
何かが刺さる音は、この2つの刃が刺さった音だったのだ。

未来「『フラグは回収される』……この世界の原則さ。」
タダノゴリラ「ウグ……グ……」
タダノゴリラは何者かに串刺しにされた影響か、上手く体を動かすことができない。
乗務員「ど、どうなってるんだ?一体!」
未来「この世界では特定の条件を満たすと、特定の結末が待っているということさ。さっきのアクシデントのおかげで思い出したぜ……あんたも、いつ帰れるかはわからないんだから、それまで生き残れるように知っておくと良い。」
乗務員「な、なるほどな……だが、君は一体、何者なんだ?」
未来「え、えーっと……うーん……知る必要はない!」
乗務員「はあ!?」
乗務員の質問に未来は雑に答え、タダノゴリラの方を向いた。
未来「その黒い刃……後ろにいるのは"黒鉄の騎士"……確か玲奈のやつだな?」

ソーーードーーー!

乗務員「!?」

突然大きな鐘を叩いたような、鳴き声のようなものが聞こえる。

未来「いいお返事だ。それじゃあ倒してくれ!お前が突き刺したおぞましい化け物を!」
黒鉄の騎士「ソーードーー!」

ズバシュ!

タダノゴリラ「ゴボハァ゙!?」

タダノゴリラはバラバラに切り裂かれ、風船が破裂するかのように一瞬のうちに死亡した。

未来「運命には抗えない……良くも悪くもな。」

乗務員「あ、ああ……」

乗務員はあまりのことに腰を抜かすしかなかった。
何故なら

乗務員「ど、どうして……どうして君は化け物を従えているんだ!?」

未来「へ?化け物?」

そう、未来にとって黒鉄の騎士とは、自身の友達である蒼武 玲奈が従えている『レイドモンスター』。
しかし乗務員はそんなことを知る由もない。
乗務員にとっては「化け物から化け物」という状況なのだ。
未来「安心してくれ。こいつは俺たちの味方だ。」
黒鉄の騎士「ソード!」
黒鉄の騎士はまるでペットのように未来に懐いている。
乗務員「き、君は……君は一体何者なんだ……?」
未来「さあね?……おっと悪い、ちょっと外の様子を見てくる。」
未来は倒れている座席をはしご代わりにして、真上に張り付いている列車の出口から外に抜け出た。

住宅街

未来「……ふむ。『生存フラグ』を発生させたはずなのに、『レイドモンスター』の数が減っていない……これはやっぱり…………


『レイドモンスター』の仕業だ。」

おまけ
レイドモンスターの紹介

タダノゴリラ
とある世界で開発された生物兵器。
目覚ましい成長を遂げたある企業が、ウイルスや寄生虫を使って開発した。
鼻が効いたり素早く動くといった能力がある一方で、強すぎるためか目は潰されている。
クデラがこの世界を視察した時に襲われたが、物理一辺倒でしか攻めてこなかったため、クデラが勝手にこの名前をつけた。

ツガイノシタイ
グロテスクな見た目をした2つの顔を持つ肉塊。本を探している。
とある街でヒーロー扱いされていたが、思いの外人の心がなかったので、クデラはツガイノ『シタイ』と呼ぶことにした。
2つの顔はとても仲が良いらしい。


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