Enter the blue spring(小説)#6

スパーン!
穏やかな青空が広がる午後4時。透き通るような鋭い音が響く。
奈義子「ふう、命中率は上々。後は風向きを読めるようになれば確実に……」
NPC I「よお!奈義子!調子良さそうだな。」
奈義子の後ろからハツラツとした声が聞こえた。
三年の弓道部部長、
戸明 道長だ。
NPC I「練習の成果が出てきたみたいだな。」
奈義子「えへへ……そうみたいです。」
奈義子は顔がにやける。
この部活に入ってからずっと好きだった弓道がゲームの中でもできる。しかも毎日。
彼女の腕は前よりもさらに向上していった。
NPC I「おれはかれこれ二年間この部活にいるけど、奈義子みたいな奴はいなかったなー。ここまで命中率が高い人は珍しいよ。」
奈義子「まあそうですよね。」
個性が産まれた時から決まっていた私たちと、環境や経験で個性が生成される古代人とは、大きな隔たりがある。
NPC I「いやー羨ましいなー、その才能。」
奈義子「私、才能ありますかね?」
NPC I「うん!絶対あるって!」
奈義子「えへへ、ありがとうございます!」
褒められると悪い気はしない。やっぱりこの部活続けようっと♪︎
顧問「よーし、今日はここまで!皆、帰って良いぞー!」
NPC I「お、今日は終わりか。」
奈義子「へ?」
顧問「いやー急遽職員会議が開かれることになってなー。監督がいなくなるから、今日はやめにしなければいけなくてな。」
奈義子「わ、私の居場所……」
NPC I「奈義子ちゃん、もしかして……ここしか居場所ないの?」
奈義子「あ、いや、そうではないんですけど……」
まあ少なくとも、家には居場所がない。あの家は何となく居心地が悪いのだ。これはこの世界でゲームをする時に起きるあるある、『ホームシックではないけど何かもやもやする、親ガチャ外れ現象』という奴だ。
NPC I「まあまあ奈義子ちゃん、ほら、勉強できるとか、好きなことができると思えば良いんだよ!俺なんか最後の大会で忙しくて、受験勉強できなかったからさー!」
奈義子「あっ、そこは大丈夫です。何もしなくても100点取れるので。」
NPC I「いやいや、そんなことはな」
奈義子「いけますよ、マジで。」
NPC I「あ、本気で?……今度秘訣教えて?」

奈義子の家
奈義子「ただいまー。」
奈義子の母「おかえり奈義子、疲れたでしょ?」
奈義子「今日は部活長くなかったから、そうでもないかな……」
奈義子の父「おう、おかえり奈義子!今日は早かったな!」
奈義子「ただいまお父さん……」
奈義子の母「それじゃ、お父さんとお母さんは礼拝してくるわ。奈義子も一緒に来る?」
奈義子「いや、遠慮しとく……」
奈義子の父「そうか、残念だなあ。ここのところ娘の顔を見せられていないんだが。」
奈義子の母「まあまあ、良いじゃない。信仰なんて人の自由なんだし、私たちだけで済ませましょ。」
そういうと彼らはリビングの奥の仏壇へ向かっていった。
私の父親と母親(2019年)は、信仰している職業?がある。
それは
奈義子の父「ナポレオン様、どうか我々にご加護を……」
奈義子の母「娘に幸福な未来を……」
中世ヨーロッパに存在していたとされる、軍隊における地位、騎士。うちはどういうわけかこれになろう、ナポレオン様を崇拝しよう、という謎の思考が蔓延している。
まず謎なのは何故そんなに騎士を崇拝しているのか、もう一つは、だからといって何故『ナポレオンを崇拝しよう』に繋がるのか。私にはこれがどうしても理解不能だ。
だから居心地が悪い。
何故に仏壇にナポレオンの写真?
もちろん私の家族だって個性はあるし、こういう違和感に多少出くわすことはある。でも、ここまでの違和感は流石に存在していない。いくらゲームとはいえ、リアルすぎてゲームだからと割りきれない。何とも言えない奇妙さに心を揺さぶられるのだ。
奈義子の母「さて、礼拝も終わったし、そろそろご飯にしましょうか♪︎」
奈義子の父「そうだな!食べよう食べよう!」
わたしのお父さんとお母さんはそういってご飯を作り始める。これだけ見ていれば、ただの仲の良い家族で済むのだが。どうにも宗教めいたものを感じざるをえない。
私がテレビを見ながら30分程度待っていると、お母さんが私に声をかけた。
奈義子の母「奈義子ー、ご飯できたわよー。」
奈義子「はーい。」
奈義子の父「いやー、今日も良い仕上がりだ。これはきっと上手いぞー。」
お父さんはそう言って私にご飯をくれる。
奈義子「お父さんありがとう。それじゃ、いただきます。」
奈義子の両親「いただきます!」
話すことも特にないので、私は黙々と食べ続ける。すると、お父さんが話しかけてきた。
奈義子の父「奈義子、部活は上手く行ってるのか?」
奈義子「上手く行ってる。今日、先輩が褒めてくれた。」
奈義子の父「そうか!流石俺の娘だな!将来の騎士は弓も使えた方が良いと思っていたんだ!わーっはっはっは!」
ごめん、ちょっと何言ってるのか分からない。
奈義子の父「でもな、お父さん、別に騎士じゃなくてもお前が楽しい人生を送ってくれてるなら、それで良いんだ。学校は楽しいか?」
奈義子「うん、楽しいよ。」
奈義子の父「そうか、なら良かった。」
……何なんだろうこの人。おかしい人なのは間違いないけど、とても暖かい心を持っている。私はきっと、この人を一面だけで捉えていた。私たちはここにログインする時に、実際に存在する高校生を抹消して、成り代わることで今こうしてゲームをしている。だからこの人たちのことなんか、成り代わられた彼らからしてみれば、これっぽちも分かってはいなかった。私は考えを改める。私ごときがこの人たちを語るなんておこがましい。この人たちは子供のことを第一に考えてくれる善良な大人
奈義子の父「ご馳走様!よーし、外で騎士になるために修行してくるー!」
奈義子の母「行ってらっしゃーい♪︎」
いやでもやっぱ、めっちゃ宗教っぽい!!!
奈義子「……あ、そういえば、今日一花ちゃんとお泊まりする予定あるから、私もそろそろ出る。」
奈義子の母「あらそうなの、いってらっしゃい、車には気を付けるのよ。」
私は歯磨きをしてから、荷物を持って家を出た。

空も暗くなってきたが、住宅街にはまだ人がいる。私は涼しい風の吹く住宅街を歩く。春はポカポカとした季節だけど、私はこういう心地のいい夕方を気に入っている。
奈義子「一花ちゃんの家、楽しみだなぁ……」
このゲームが始まって早々に運要素のシビアさを痛感していた頃、友達の一花ちゃんが手を差しのべてくれた。

一花「そんなに居心地悪いんだったら、うちに来ればいいよ!うちはそれなりに楽しいからさ~。」
奈義子「一花ちゃん……ありがとうございます!」
一花「うんうん!家は安全かつ急速に休息が取れる最高の空間が維持されるべきでね~やっぱり家は太古から人間の心身を」
あれ、何かこの人も謎の信仰持ってる?
しかし、一花ちゃんの方の家庭は私の家みたいに謎の信仰は持っていなかった。
ごく普通の暖かい家庭って感じで、私の家よりも居心地は良かった。
……まあでも、私の家族も優しいところはあったが。
奈義子「ま、今日は約束しちゃったし、楽しんで来ようっと。」
???「くそ、いつになったら我が軍と合流できるんだ!」
奈義子「え?」
奈義子が住宅街を歩いていると、謎の怪物が住宅街を破壊し尽くしていた。
モンスター「……はあ、結局、この地域を焼き払ってみたところで、こちらの領地にならなかったら何の意味もない。だが、あの穴が再び開くまで帰れないのも事実だ。暇潰しにここを滅ぼしてしまうとしよう。」
奈義子「ちょい待ち!」
奈義子は急いでモンスターを止める。勢いで住宅街を滅亡させられる訳にはいかない。
モンスター「何だ貴様?この俺に殺されに来たのか?」
奈義子「あなた、もしかして、ゲートからこっちの世界へ来たんじゃないんですか?」
モンスター「ゲート?ああ、あの穴のことか。そうだな。来たくもないのに、こんなところに無理矢理転送しやがって。」
奈義子「その穴、私なら開けられますよ。」
モンスター「ほう、だが、俺はそういう奴の助けは借りたくないなー。穴を開けられる奴は恐らく、俺を使って実験をしようとしてくる研究所の職員だろうからな。」
モンスターはそういってニヤリと笑った。
奈義子「研究所……あ、あなた!この間解体所から脱走したモンスターね!ネット記事で流れてきた奴!」
奈義子たちの本来の世界である未来世界は、ゲートをわざと開いて、出てきたモンスターを研究し、終わったら解体
して食料にするモンスター解体所がある。今回のモンスターはそこから脱走した、かなり強いモンスターである。
奈義子「あのー、ドラゴン、生首、ネタキャラ、狐ときて、何故私だけこんな強キャラが相手なんでしょうか。しかも約束あるのに……」
モンスター「そうかそうか、では教えてやろう。ーー俺は魔族の王だ。」
マスターゲットレイダー「このタイプの手練れはキルコマンドで瞬殺してしまうのが良いかと。」
奈義子「うーん、それは邪道な気が……」
マスターゲットレイダーが提案しているのは、自身の機能である『キルコマンド』。これはありとあらゆるモンスターを、そのモンスターの防御や特性を無視して殺す機能だ。故にゲームをプレイする未来人たちはこれを『禁じ手』と呼ぶ。
奈義子「一花ちゃんには悪いけど、ここは正々堂々戦う。」
モンスター「フ、変身する奴らは少々厄介でな。手短かに頼むぞ。」
魔王は笑いながら構えを取った。
奈義子「善処します、こちらも暇ではないので。インストール!」
ローディングレイドシステム!
レイダー!
奈義子はトリチファイターレイダーに変身した。
モンスター「フハハ!良いだろう。全力で暴れてやる!!」
魔王が腕を掲げると、地中から岩が飛び出してきた。奈義子はジャンプで避けて拡張武装を取り出す。
奈義子「放射弾を打てば、魔族でも応える!」
奈義子は武装のレディオスアローで魔王の額に放射弾を放った。
モンスター「ヌワッ!」
奈義子「怯んだ!」
モンスター「……図に乗るなよ。俺の肉体はお前らの解体している奴らほど、やわではないのでな。」
魔王は怯まず、割とガッツリ岩で攻撃してくる。奈義子はレディオスアローを分離して2つの剣に変える。
そして魔王の攻撃をすべてうち落とし、
魔王の首を斬った。
奈義子「どうだ!」
モンスター「ク、フ、フッフッフッフ……」
魔王はダメージが通っているような素振りを見せな
モンスター「痛ってー、割と痛いわ。」
あ、堪えきれてなかった。
奈義子「痛いなら痛いって素直に言えばいいじゃないですか。」
モンスター「ふむ、やはりお前らの武器は少々特殊だな。」
奈義子「まあ、地球外の技術なので。」
この武器たちはすべてマスターゲットレイダーから製造されている。そしてマスターゲットレイダーは、地球外の知的生命体から奪ったもの。
故にレイダーの武装は全て地球外の技術と言える。
モンスター「地球外……ははっ、俺の時代にはなかったスケールだな。いいだろう、この間別の世界に飛んでしまった時に覚えた、最強の技を見せてやる。」
秘技 手刀!
奈義子「手刀?」
バシュ!
奈義子「きゃっ」
奈義子のHPバーが一気に減った。
奈義子「えっ!?火力高すぎない!?」
予想以上のダメージに奈義子は驚く。
モンスター「ハッハッハッハ!シンプルで良いだろう!生憎今のに力をかなり使ってしまったが、もう一発打ってお前を殺してやる!」
奈義子(ああ、ぶっちゃけもう良いからキルコマンド使っちゃおうかなー。)
???「おい。」
モンスター「ああ?」
???「ちょっと待てよ、そこのカス。」
モンスター「はあ?何だ貴様。」
モンスターの視線の先、家の屋根の上にある人物が立っている。その人物とは
奈義子「お、お父さん!?」
奈義子の父親だ。
奈義子の父「街を焼き払いやがったのは、お前だな。」
モンスター「ああ?そうだなー(笑)」
魔王は悪びれる様子もなくニヤニヤする。
奈義子の父「これ以上街と、うちの娘を傷つけるのはやめてもらおうか。やめないなら、俺が力づくでも止めてやる。」
モンスター「……クク、良いだろう。止めてみろ。最も、お前で俺を止めることができるなら、この娘は苦労していないだろうが。プッ、ハッハッハッハッハ!」
奈義子「お父さんダメ!こいつはモンスターの中でも特に」
奈義子の父「大丈夫だ。こいつがどんなに強くても、俺には勝算がある。」
奈義子の父親は一切緊張している様子を見せず、悠々と準備運動をしている。
モンスター「ククク、面白い見せてみろぉ!」
モンスターは容赦なく手刀で斬りかかろうとする。
奈義子「ああ!」
奈義子がもうダメかと諦めかけた刹那、
スパン!
モンスター「…………ぐ、ああ…………」
モンスターの体が真っ二つに斬れた。
彼は剣を持っていたのだ。
奈義子「えっ!?」
奈義子は目を疑った。レディオスワローでも斬れない魔王の肉体を、その男はバッサリと斬り捨てた。
奈義子の父「ふう、なんとか斬れたー。いやー、焦ったね。相手が突っ込んできてくれたから斬れたけど、飛び道具が来たらワンチャン死んでたよー。」
奈義子の父親は笑いながら自分の娘に話しかける。
奈義子「無理しないでよお父さん!もし何かあったらどうしようかと!」
奈義子の父「いやいやしょうがないでしょ。ここで出てこないで父親なんか名乗れない。お前こそ、あんな化け物と戦うなんて無理しちゃダメだぞー。」
私の父親は、自分がついさっきまで死の瀬戸際に立っていたというのに、ケロッとした顔で私の心配をしている。毎日の修行のお陰なんだろうか。
奈義子「でもお父さん、どうやってあいつを?」
私ののスアローの威力はレイダーの武器の中でも優秀な方。
それでも斬れないというのに、どうやって見た感じ普通の剣で斬ったのだろうか。
奈義子の父「んー、あいつは俺に攻撃する時、俺に突っ込んできたんだ。だから俺は、手刀を躱しながら剣を当てて、あいつのスピードを利用して剣を食い込ませた。んで、あとはちょっと力を加える。綺麗に斬れるんだなーこれが。ま、確かにちょっと無茶しちゃったかも。斬ったは良いけど剣がぶっ壊れたし。」
奈義子「いやそれはまた買えば良いけど!そんな無茶したらお父さんの命が危ないって!今回は斬れたからいいけど、今度からああ言うことがあったら大人しく私に任せておくこと!分かった?」
奈義子の父「ああ、分かった分かった。悪かったから。今度からは無茶はしない。でも、お前もあんな奴と戦うなんて無茶はしないこと!いいな?」
奈義子「分かった。私も無茶はしないから。お父さんももう少し自分を大事にして。」
奈義子の父「はいはい、んじゃ、俺は帰るわ。楽しんでこいよ~。」
奈義子「ん?ん~~、お父さん今更だけど、何か今日イケボじゃない?」
奈義子の父親は45歳。いつもはそれなりの声なのだが、今日はかなり若い男性のような声になっている。
奈義子の父「ああ、これ?何かよく分かんねえけど、どういう訳か戦闘すると声若返るんだよな~。」
……この父親、本当に何者なんだ……
奈義子「まあいいや、お父さんも気をつけて帰ってね、本当に。」
奈義子の父「おーう。」
奈義子の父親は家へと帰っていった。
奈義子「全く……頭痛くなるわあの人。」
モンスター「う、はっ、はあ、はあ……」
奈義子「え?ま、まだ生きてるの!?」
魔王は恐ろしいことに、体が真っ二つになってもまだ生きていた。
モンスター「はあ……はあ……こ、これが俺の!最終奥義だーーー!」
必殺!やけつく波動!
奈義子「危なっ!?」
奈義子は咄嗟に自分の影の中に潜り込んで回避した。そして、魔王の影から出て、魔王を後ろから叩き斬った。
モンスター「ギャアアアアァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!」
奈義子「侮れないモンスターですね!召喚!」
奈義子は自身のモンスター、トリチファイターを召喚した。
トリチファイター「ガーガガァフォン!」
奈義子「トリチファイターこいつを攻撃して。」 
トリチファイター「グエーギギーー!」
トリチファイターは自身の武器でモンスターを引き裂く。
奈義子「よし、ボコらせてる間に」
必殺技!スアロースマッシュ!
トリチファイターは殴って魔王だった肉塊を投げ飛ばす。
奈義子は無言でスアローの弦を引いた。


淡いピンク色の光が、空中を我がものとする。
奈義子「ふう、一花ちゃんの家に行かなきゃ。」
奈義子は平和な太陽が沈みかけの住宅街を、再び歩き始めた。


同じく、街を歩く男が一人。
奈義子の父「あれ?そういえば俺の娘って


あいつで合ってたか?」
それだけ言うと彼は歩き始めた。
あとにはもう雑音しか聞こえなかった。

ゲームルール
行く世界によっては、プレイヤーが家庭を必要とする場合がある。
その場合はその世界の人間を消し去り、我々がその人間に成り代わることで、家庭を手に入れるのだ。

なお、プレイヤーの正体が古代人にバレることは、あってはならない。

次回予告
一花「あ~奈義子ちゃんの膝枕気持ちいい〜!これからずっとこっち来ててもいいよ!」
奈義子「あ、あはは……(何か一花ちゃんに良いように利用されてる気がする……)」
一花「あ、そうそう、昨日なんでファミレス来なかったわけ?」
奈義子「え、あ、えっと、ごめんなさい!ぶ、部活があって……」
一花「んー?普通は予定を見れば分かると思うんだけどなー、日程くらい。」
奈義子「あ、あ、ごめんなさい!今度はちゃんと確認しておきますから。絶対に忘れませんから!迫ってこないで〜!」
次回 enter the blue spring 第7話
いっかの幸せ
次回も見てね〜♪


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