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アリスとジューダス・プリースト  その4

僕たちのバンドは、少しずつ
ロックバンドに変容していった。
何より僕にとって大きかった変化は、
裕がバンドを抜けたことだった。
その頃の彼は、あまり人前に出ることを
好まなかったため、
それは自然なことではあったのだが、
彼と始めたバンドに彼がいないのは、
とてつもなく寂しかった。

とにかく、中学2年生の後半になると、
僕はロックバンドのボーカルに
なっていたのであった。
しかしながら、そこには
大きな問題があった。
僕には、ヘビーメタルの
ハイトーンの声が出なかったのだ。
甲斐バンドなら歌えたのだが、
さすがにジューダスは無理。
レパートリーとしては、
KISSの「デトロイト・ロックシティー」
や「ラブ・ガン」
その当時結成された
マイケル・シェンカー・グループの
「アームド・アンド・レディー」
なんかであったが、
ギターの黒川はどうしても
ジューダス・プリーストがやりたい。
バンド活動は楽しいが、
声が出ないというストレスで、
僕はそうとう参ってしまっていた。

そうこうしているうちに、黒川が、
「予餞会で演奏したい」と言い出した。
(確か3年生送る会って名前だった)
部活動でやっているわけもない
ロックバンドが中学校のステージに
出るなんてことはその当時の
僕の中学では前代未聞だった。
彼は
「他のバンドにも協力してもらって
 署名運動をしよう」と言った。
僕たちのバンド活動を見て、
自分もやってみたいと思っている生徒は
他にもいることは知っていた。
そこで、裕にメンバーを見つけて
フォークバンドを組んでほしと頼み、
休み時間に1・2年生の教室に行って
皆で署名を集めようというのだ。
黒川のバンドに対する情熱に
僕は多少押され気味ではあったが、
「何か楽しいことが起きそうだ」
という気持ちでワクワクしながら
その波に自ら巻き込まれていった。
意外にも裕は二つ返事で快諾してくれ、
署名運動も好感触だった。
ほとんどの生徒が「楽しそう」と言って、
まるでお祭りを待っているかのような
目をして名前を書いてくれたのだ。
僕は、また裕がバンドをすることが
うれしくて、自分のボーカルに対する
悩みを少しだけ忘れることができた。

前例のない僕たちの要求に対して
中学校はそう簡単に許してくれなかった。
署名したノートを先生に提出すると、
「一応預かっとく」と言って
まるで、「いらない問題を起こした」
とでも言わんばかりに、
不機嫌そうに受け取っていったのだ。
先生からの返事は一週間以上無く、
しばらくすると緊急職員会議が開かれた。
議題はもちろんバンド演奏についてだ。
僕たちは放課後の教室で、その結果を
今か今かと待ちわびていた。
そのとき黒川は
「結果にはあまり期待していないんだ」
と、意外なことを言った。
「そりゃ演奏で着たらうれしいけど、
 大人に対して、自分がロックバンドを
 やっているってことを宣言しただけで、
 満足している」らしい。
できるかできないかという結果に
とらわれていた自分は、
思いもよらなかった黒川の意見を聞いて、
「これがロックなのか」と、
妙に納得したのを覚えている。

そしてこの後、黒川の計画は
どんどん加速していくのであった。

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